『銀河英雄伝説 Die Neue These』が織りなす重厚な政治劇 混迷の時代をいかに生きるか

『銀河英雄伝説』が織りなす重厚な政治劇

 田中芳樹の小説『銀河英雄伝説(以下、銀英伝)』をアニメ化した『銀河英雄伝説 Die Neue These』フォースシーズン「策謀」の上映が9月30日から始まった。

 『銀英伝』は宇宙を舞台に遠い未来を描いたSFだ。しかし、その内容は人類の過去の歴史であるかのような気にさせられる。専政と民主制に別れたそれぞれの勢力の腐敗や権謀術数を克明に描き、専制側のラインハルト、民主制側のヤン・ウェンリーの2人の主人公が歴史の大きな流れに巻き込まれ翻弄されてゆく。本作はスペースオペラの形を借りた政治劇であり、人間が構成する社会というものがいかに運営するのが難しく、また社会システムに翻弄される人々の苦しみをわかりやすく見せてくれる。

 本作の原作小説が発表されたのは80年代のことだ。しかし、本作が提示する世界観と教訓は全く色褪せることがないどころか、2022年を生きる私たちにとって切実なものばかりだ。

戦争嫌いの天才戦術家と心に穴のあいたカリスマ

 『銀英伝』の世界では、3つの勢力がにらみ合っている。皇帝と一部の貴族が支配する銀河帝国と、その支配に異を唱え民主主義の理念を打ち立てた自由惑星同盟、そして、自治領でありながら巨大な経済権益を盾に2勢力を陰で操ろうとするフェザーン自治領だ。

 銀河帝国と自由惑星同盟は過去、幾度なく戦火を交えている。本作の2人の主人公、ラインハルトとヤンは、ともに天才的な戦略的思考と戦術眼を持ち、何度も戦場で相まみえ、互いに因縁の相手と感じている。

 圧倒的な軍事力で優位に立つ銀河帝国に属するラインハルトは、幼い頃からの盟友キルヒアイスと共に、腐敗した貴族政治の打倒と皇帝に嫁いだ姉を取り戻すために銀河帝国のトップに立つ野望に邁進する。しかし、本当に欲しいものは権力ではなく、親友と最愛の姉の安寧なのだが彼の類まれなるカリスマ性は、銀河帝国の頂点を掴む運命を示してしまっているかのようだ。

 一方、自由惑星同盟に属するヤンは、軍に属しながらも大の戦争嫌い。しかし、その天才的な戦術の才覚で、多くの戦績を上げてゆく。本来、ヤンは歴史研究家になりたかったのだが、父の死により進学が叶わずタダで歴史勉強のできる士官学校に入学したのだった。戦争を愚かなことだと知りながら、誰よりも戦略・戦術に長けたヤンは、自身の本心とは裏腹に度々同盟軍の窮地を救い、英雄として祀り上げられてゆく。

 2人は時に戦場で相まみえながら、それぞれの戦場で戦果を挙げ、頭角を表してゆく。ラインハルトには利権をむさぼる貴族たちが、ヤンには安全なところから好戦的なことを叫んで人気取りに励む政治家たちが立ちはだかる。だが2人の天才は、それらをものともとせずそれぞれの道を進んでいく。

 しかし、その過程で望まない英雄に祭り上げられたり、本当に大切なものを失ってしまう。ラインハルトは親友をを失い、それがきっかけで最愛の姉とも距離を置くことに。銀河を支配するという友との約束だけが残ってしまう。一方、ヤンは戦争が何よりも嫌いにもかかわらず、その能力ゆえに戦場から離れることが出来なくなり、腐敗する民主政治に翻弄されることになる。

 互いに、なりたいもの、本当に欲しかったものは掴めずにいるが、世界の運命は彼らを待ってくれない。一番大切なものを野望のせいで失ったにもかかわらず、その野望を止めることができないラインハルト、戦火を少しでも減らすために採った戦略がかえって政治家の増長を招き、自らにも火の粉が降りかかるヤン。どちらの国家も単純明快ではなく、運命の皮肉としか言いようのない展開を見せる。人生は何事も思ったようにはいかないものだが、そんな人生のリアルと社会のリアルが『銀英伝』には満ち溢れている。

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