『銀河英雄伝説 Die Neue These』が織りなす重厚な政治劇 混迷の時代をいかに生きるか

『銀河英雄伝説』が織りなす重厚な政治劇

善政の専制政治と腐敗する民主政治の対比

 『銀河英雄伝説 Die Neue These』フォースシーズン「策謀」で描かれるのは、善政を敷く専制政治と腐敗する民主主義の行く末だ。ラインハルトは事実上の銀河帝国のトップに立ち、民のための改革を断行する。一部の特権階級が独占していた利権を解体し、平民や下級貴族にもチャンスを与える「平等」な社会を目指し、そんなラインハルトを人々は全面的に支持するようになる。

 これは大層皮肉な事態だ。民主的な制度を独裁体制によって作ることになるからだ。しかし、民衆にとってはありがたいものであることに変わりはない。独裁とは民衆が支持してこそ台頭するものなのだ。

 一方、自由惑星同盟は、内乱の影響で軍に対する信頼度は低下、政治家たちは保身的な行動ばかりとるようになり、英雄であるヤンの足を引っ張ろうとする。突出した人気と実力、人望をも持つヤンが政治家に転身したら間違いなく国の実権を握られてしまうと恐れているのだ。

 当のヤン本人にはそんな野望は微塵もない。しかし、本人にその気はなくても、出る杭を警戒する連中は湧くものだ。ヤンの扱われ方を見ていると、「真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である」というナポレオンの格言は正しいのだと思わざるを得ない。

 フォースシーズンでは、3つ目の勢力であるフェザーンの暗躍も描かれる。経済権益を独占したいフェザーンは策謀をめぐらし、自分たちがチェスの駒を動かすがごとく、銀河帝国と自由惑星同盟を翻弄しようと試みる。世界を支配するのは軍事力か、それとも経済力か。世界は様々な勢力の思惑と利害が絡み合っていることを実感させる展開だ。

 信頼できる部下はたくさんいても心を許せる友がいないラインハルトは、自身の心の穴を埋めきれないでいる。ヤンは政治家に足を引っ張られ、腐敗する政治にうんざりしながらも民主主義の理念と制度を守るために職務を全うする。それぞれに引き裂かれた2人の主人公は、どのような選択をするのか、銀河中を巻き込む重大な選択を迫られてゆく。

混迷の時代をいかに生きるかを教えてくれる『銀英伝』

 『銀英伝』は、専制政治と民主政治双方の難しさを描く。善政を敷いたとはいえ専制政治は、誤った方向に向かってもそれを制度をもって正せる仕組みがない。そして民主政治は、有権者の誰もが楽をできない仕組みだと作中で言及される。誰かが楽をしようとすればするほど歪んでいき、大多数が楽をしたがり歪んでしまうと、多数決の原則によって歪みが正しいことになってしまう。そんな状況で、保身を優先する政治家は、その歪みを積極的に利用するようにさえなり、行き詰ってしまう。

 そのように歪んでいく社会で、人はいかに生きるべきだろうか。ヤンは軍組織の一員として、上層部の腐敗を苦々しく想いながらも自分の権限でできる限りを尽くそうと努力する。腐敗する時代に迎合して保身を図るのではなく、民主制の理念と制度と仲間たちを守るために最大限の手を尽くす。時代が間違っても自分までそれに合わせて間違うことはない。物静かなヤンは常にその強い覚悟を持って生きている。

 本作が描く矛盾やひずみは、人の歴史の中で幾度も繰り返されてきた。2022年の今も、独裁国家もあれば腐敗した民主政治もある。そんな世界で、人はいかにして自分を見失わずに生きることができるのか。『銀英伝』はいつの時代でもそのことを私たちに教えてくれるのだ。

■上映情報
『銀河英雄伝説 Die Neue These 策謀』
第一章:9月30日(金)公開
第二章:10月28日(金)公開
第三章:11月25日(金)公開 各章3週間限定上映 ※一部劇場を除く
声の出演:宮野真守、鈴村健一、梶裕貴、諏訪部順一、小野大輔、中村悠一、川島得愛、遠藤綾、三木眞一郎、坂本真綾、花澤香菜、鈴木達央、石川界人、手塚秀彰、園崎未恵、野島健児、下山吉光 
原作:田中芳樹(東京創元社刊)
監督:多田俊介
制作:Production I.G
配給:松竹メディア事業部
製作:銀河英雄伝説 Die Neue These 製作委員会
©田中芳樹/銀河英雄伝説 Die Neue These 製作委員会
公式サイト:https://gineiden-anime.com/
公式Twitter:@gineidenanime

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