カツセマサヒコが語る『ワンナイト・モーニング』 “あの朝”の記憶に触れる物語

カツセが語る『ワンナイト・モーニング』

 始発電車が動き出した頃に聴き慣れないアラームが鳴って、その音をきっかけに魔法が解ける。ベッド下に落ちている下着やカットソーを拾い集めると、なんとなく相手から背を向けて昨夜と同じ服を着た。

 気まずさを残したままホテルを出ると、時計の針を遡るように駅へと向かう。自分たちの手にはビニール傘が握られていて、でも大雨が降ったのは昨日の話であり、道をゆく人たちは誰も傘なんて持っていない。私たちだけが、昨日に閉じ込められている。

「なんか、お腹減ったね」

 駅前まで来たところで、相手がそう言って、ああ、名残惜しいとは思ってもらえたのだと安心する。「何食べようか」と尋ねると、凝った料理名なんて出てこない。昨日の夕食はフルコースの予約までしてあったのに、そのギャップに笑ってしまう。でもなぜか、この雑な朝の方が、よっぽど嬉しい。この朝食には、昨夜までとは違う、二人の関係が表れているからーー。

 そんな曖昧で、濁っていて、倦怠感と解放感を詰まらせたワンナイト後の「朝」を経験した全ての人の記憶に入り込んでくる作品『ワンナイト・モーニング』がWOWOWにて実写ドラマ化され、現在全話WOWOWオンデマンドにて配信中、毎週金曜日WOWOWプライムにて放送されている。若者を中心に広く(そして深く)愛されている今作が、どのように映像作品として届けられるのか、期待を胸に全話を鑑賞した。

 結論から言うと、今作は原作に忠実な点も多々ありながら、それ以上に“映像作品として美しくあること”に比重が置かれた、もう一つの『ワンナイト・モーニング』である。

 原作である漫画は、作画の「生っぽさ」や会話劇によるカラッとした読後感がウリだ。洗練されすぎない登場人物たちがテンポ良く会話を進めるからこそ、ワンナイト特有の性描写にも嫌味がなく、読者はキャラクターにリアリティを覚えたり、身近な存在として彼らを好意的に受け止めることができる。そのアプローチはどちらかといえばアナログ的で、アコースティックな温かさ、優しさに満ちている。

 一方、ドラマ版では、衣装や内装ひとつ取っても、色調や光に徹底的なこだわりが見られる。各回にはテーマカラーが定められており、イエローやピンクなど、登場人物が着ている服にまでそれらは影響を及ぼす。ネオンを反射したような色彩は、極めて都会的かつ近未来的であり、原作にはあまり感じられなかったウェットなムードを伝える。会話の合間に挟まる心象風景も印象的だ。特殊なビジュアルによる演出や、それを下支えするデジタルな重低音も、原作の空気とは異なるものである。原作よりもソリッドかつスタイリッシュになった世界観に、漫画からのファンは少々驚くかもしれない。

 それもそのはず、ドラマ版の撮影・監督は、CGや照明による斬新な演出に注目が集まった『恋する寄生虫』の柿本ケンサクが務めている。また、原作のテイストは殺さずに説得力を強めた言い回しが目立つ脚色は、若者たちの群像劇『スパゲティコード・ラブ』が記憶に新しい蛭田直美によるものだ。原作に敬意を払いながらも斬新な映像作品として生まれ変わっているのは、両名の意欲的なチャレンジによる功績が大きい。

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