『お勢、断行』2年の時を経てついに上演 倉科カナが花開かせる“乱歩ワールド”

倉科カナが花開かせる“乱歩ワールド”

 江口のりこ、池谷のぶえ、堀井新太、粕谷吉洋、千葉雅子、大空ゆうひ、正名僕蔵、梶原善たち手練れの演劇人の好演ぶりは「さすが」の一言だ。流麗で緩急自在な個々の演技には“美しさ”すら感じる。これは演劇人としての経験値の高さによってのみ実現できているものではないだろう。堀井新太を除いたほかの面々は、2020年に本作のクリエーションを経験しており、彼ら・彼女らの生み出すやり取りには筆舌に尽くし難い“完成度の高さ”がある。もちろん、ここに参戦した堀井も「さすが」だ。何せ今回から参加することとなった福本莉子はインタビューにおいて、座長の倉科をはじめとするこの面々のことを「本読みの段階ですでに出来上がっていた。完成度の高さにびっくりした」と語っていたほどなのだ(※)。

 さて、そんな本作に挑んだ福本は、ストレートプレイに挑むのもこれが初。そもそも演劇作品に参加するのはこれが三度目のことで、観客の前でパフォーマンスをする経験が豊富というわけでもない。しかし、福本が演じる資産家の娘・晶という重要な役は、現在の彼女にピッタリの役でもある。なぜなら晶は、腹の中にそれぞれ何かを抱えている他の者たちとは違い、非常にピュアな人物なのだ。それゆえに、登場人物が入り乱れ、さまざまなかたちの正義に翻弄されることになる。これは技術によって表現することも可能なものだが(もちろん福本だって技術を駆使している)、演者個人が湛える“新鮮さ”や“瑞々しさ”に勝るものはない。この座組、この配役だからこそ際立つ福本莉子の存在感があるのだろう。百戦錬磨の先輩俳優陣の濃厚な演技合戦に巻き込まれていく彼女を見ていると、早くも次なる演劇作品での姿が楽しみでしかたなくなってくるというものだ。

 “視点を変えれば善悪が入れ替わる”という主題を描いた作品は演劇にかぎらず、古今東西ごまんと存在する。そして私たちの生きる実社会においても、どこへ行ってもこのような問題はついてまわる。恐らく、完全な正義というものは存在しないのだろうし、恐らく、完全な悪というものも存在しない。それぞれの立場のもと自身の正義を主張する登場人物たちの言動に混乱させられるが、実社会でだって多様な言動に混乱させられているのもまた事実だろう。ちなみに筆者は本作の台本を一読したうえで観劇したが、それでも混乱した。これは文字情報だけでは判断しかねる(判断すべきでない)、ネットニュースなどにもいえることではないかと劇場内で実感した。本作が劇場という場で生み出すカオスな世界観は、私たちの現実と決して剥離していないものなのである。

参考

※. https://realsound.jp/movie/2022/05/post-1034360.html

■公演情報
『お勢、断行』
原案: 江戸川乱歩
作・演出:倉持裕
出演:倉科カナ、福本莉子、江口のりこ、池谷のぶえ、堀井新太、粕谷吉洋、千葉雅子、大空ゆうひ、正名僕蔵、梶原善

・愛知公演
日時:6月4日(土)18:00、6月5日(日)13:00
会場:春日井市民会館
問い合わせ:公益財団法人かすがい市民文化財団 0568-85-6868(9:00~21:30 月曜休館/祝休日の場合翌平日)

・長野公演
日時:6月12日(日)13:00
会場:まつもと市民芸術館 主ホール
問い合わせ:まつもと市民芸術館チケットセンター 0263-33-2200(10:00~18:00)

・福岡公演
日時:6月16日(木)19:00
会場:福岡市民会館 大ホール
問い合わせ:スリーオクロック 092-732-1688(平日10:00~18:30)

・島根公演
日時:6月19日(日)14:00
会場:島根県民会館 大ホール
問い合わせ:島根県民会館チケットコーナー 0852-22-5556(10:00~18:00)
※休館日:第2・第4月曜日(祝日・振替休日の場合は翌平日)/臨時休館日あり

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