“レジェンド”TVアニメシリーズがついに一挙配信 『ザ・シンプソンズ』のハイレベルな魅力

『ザ・シンプソンズ』のハイレベルな魅力

 アメリカのどこかにある町スプリングフィールドに住む、一見平凡な一家“シンプソンズ”が、毎回さまざまな騒動を巻き起こす『ザ・シンプソンズ』。1話完結の内容で、毒のあるユーモアや容赦のない社会風刺が根強い支持を受け、30年もの間継続している、アメリカ最長のTVアニメシリーズだ。

 そんな、いまだ健在の「レジェンド」と呼べるシリーズが、ディズニープラスで見放題配信されている。しかも、最近になって新しいエピソードが続々追加されているのだ。シーズン31以降は日本初放送となり、現在配信が始まったシーズン32の後も、引き続きエピソードが追加されていく見込みだ。

 ここでは、気軽に楽しめるようになった本シリーズの内容や特徴を紹介しながら、これまでのファンや、まだ本シリーズに触れたことのない人に向けて、その魅力を語っていきたい。

日本のファンが過ごした“冬の時代”

 日本の『ザ・シンプソンズ』のファンは、長らく不遇の時代を歩んできたといえる。WOWOWや、ごく一部の地上波でしか放送されてこなかった本シリーズは、シーズン14までで日本語吹替版の製作が終わり、FOXチャンネルに移行してから、新しいシーズンは字幕版で放送されることとなった。

 世界的な人気作でありながら、日本でのプロモーションは弱く、効果的なものだったとは言い難い。視聴できる環境が狭まったこと、また初期シリーズのごく一部しかソフト化されず、DVD BOXも日本では途中までしか発売されなかったことで、その後の目当てのシーズンを選んで視聴したければ、輸入盤を購入するしかなくなったのである。

『ザ・シンプソンズ MOVIE』ディズニープラス「スター」にて配信中 The Simpsons TM & (c)2007 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.

 さらに、ファンが待ちに待った2007年の劇場版は、あろうことかメインキャラクターの日本語吹き替えが馴染みのあるキャスト陣でなく、バラエティ番組の有名芸能人らが務めることとなり、全国の映画館でほぼ吹替版しか上映されないという、ファンにとっては悪夢のような事態も訪れた(ただ、万人向けとして穏当な内容になった劇場版よりも、通常のエピソードの方がはるかに面白いので、あくまでTVのシリーズから作品に触れてほしい)。

 このように、日本のファンは長い間、“冬の時代”を過ごさねばならなかったのだ。しかし、状況は激変した。ディズニーがFOXを買収したことによって、ついに、これまでのシーズンやこれからのシーズンが、ディズニープラスで、いつでも自由に観られるようになったのである。長年のファンとしては、この事態に歓喜の涙を流すとともに、「いままでの不自由な状況は何だったんだ」と思い返さざるを得ない。

 断っておきたいが、この記事はディズニープラスの宣伝では全くない。しかし、長い間虐げられてきた日本の熱狂的なファンの一人としては、『ザ・シンプソンズ』の多くのシーズンが鑑賞でき、これからもエピソードが追加されるという一点だけで、ディズニープラスに加入し続ける価値が十分あるとさえ思うし、たとえ『ザ・シンプソンズ』以外のコンテンツが見られなくなるような、あり得ない事態になったとしても、個人的には永続的に加入し続ける用意がある。

ハイレベルな内容はどこから生まれるのか

 本シリーズの凄さは、なんといってもさまざまな要素が詰め込まれまくった脚本にある。23分ほどのエピソードのなかに、人間ドラマやギャグが、限界といえるまでに凝縮されている。そして、多くの場合、メインのプロットとサブプロットが同時並行でスピーディーに進行していく。映画ファンであれば、最速といえるスピードで展開するハワード・ホークス監督のスクリューボール・コメディや、川島雄三監督作品を思い出すかもしれない。

 この情報の洪水といえる物量は、クリエイターたちが何人も集まって、リラックスしながら冗談を言い合ってストーリーやネタを作っていく製作スタイルによって可能になるものだ。初期にはコメディアンのコナン・オブライエンも参加するなど、そのユーモアのセンスや爆発力は、従来のアニメのクォリティを大きく超えることになった。30年間にわたって製作されたエピソードは、およそ150人もの作家によって手がけられているという。なかには際ど過ぎるネタや、人生の教訓が織り込まれていたり、伝説となった傑作エピソードが少なくない。

ザ・シンプソンズ
『ザ・シンプソンズ』シーズン3 ディズニープラス「スター」にて配信中 (c)1991-1992 Fox Broadcasting Company, LLC. and Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.

 シーズン1「クラスティは強盗犯?」、シーズン3「クラスティの涙」は、あのブラッド・バード監督(『インクレディブル・ファミリー』、『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』)が演出をしているエピソードなので、必見だ。とくに「クラスティの涙」は、歴史的な映画『ジャズ・シンガー』(1927年)を基にするという渋い試みで、厳格なユダヤ人のコミュニティから離れてコメディアンになった男と、彼と関係を絶った父親との、深い人間ドラマが描かれる。

 ただ、30年も続いているシリーズであるため、初期のシーズンには、まだ本領が十分に発揮できていないエピソードもある。なので個人的には、ヒッチコック映画をパロディ化した傑作回「夏の日の出来事」からスタートする、シーズン6あたりから観ることをおすすめしたい。エピソードのほとんどは基本的に1話完結なので、だいたいどこから見始めても楽しめるのが、『ザ・シンプソンズ』の手軽さでもある。

ザ・シンプソンズ
『ザ・シンプソンズ』シーズン6 ディズニープラス「スター」にて配信中 (c)1993-1994 Fox Broadcasting Company, LLC. and Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.

 「夏の日の出来事」は、イタズラ好きの10歳の少年バート・シンプソンが足を骨折してしまい、せっかくの夏休みを自室で孤独に過ごさざるを得ないという展開が描かれる。そして、『裏窓』(1954年)さながらに、近所の重大事件を目撃してしまうことになる。面白いのは、バートが自室にこもることで次第に暗い性格になっていき、最終的にはスウェーデンの「夏至祭」を題材にした、舞台用の戯曲を書き始めるという描写があり、さらにそれがストーリーの本筋とはとくに関係がないという点だ。このようなマニアックで飛躍したディテールが随所に散りばめられることで、作品やキャラクターは複雑な魅力を獲得しているのである。

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