『私ときどきレッサーパンダ』は時代を変革する 映画史上に残る重要作品となった理由

『私ときどきレッサーパンダ』の凄さを解説

 ピクサー・アニメーション・スタジオから、新たに時代を変革し、後世にまで大きな影響を与えることになるだろう、アニメーション映画の名作が、ついに出現した。『私ときどきレッサーパンダ』である。

 ディズニープラスでの配信開始後、すでに各方面から高く評価されているが、おそらくそれだけにとどまらず、アニメーション史、映画史上に残る重要作品として、長きにわたって輝き続ける決定的な一作になるのではないか。ここでは、そんな本作がどのように凄いのか、そして、どう時代を変革するのかを、内容を振り返りながら解説していきたい。

私ときどきレッサーパンダ

 本作の舞台は、2000年代のカナダの大都市トロント。そのチャイナタウンに住んでいる13歳のメイメイは、教育熱心で少々過保護な母親の期待に応えるべく頑張っている秀才の女の子だ。しかし最近、彼女には変化が表れ始めていた。思春期に突入した彼女は、学校の気の合う親友たちと同じくアイドルグループに夢中になり、男の子にも興味を持ち始めていたのだ。そんなある日、メイメイは自身の家系に代々受け継がれるという神秘的な“赤きパンダ”の力によって、感情が昂ると巨大なレッサーパンダに変身する、特異な体質になってしまう。

 レッサーパンダに変身するという突飛なアイデアで、スタッフたちの中心になって物語を構築したのは、30代前半のドミー・シー監督。ピクサー・アニメーション・スタジオでのインターンを経て、絵コンテを描くストーリーボード・アーティストとして『インサイド・ヘッド』(2015年)からスタッフとして製作に参加。監督としては『Bao』(2018年)でアカデミー賞短編アニメーション賞を受賞している、規格外といえる新鋭のクリエイターである。

 少女が変身するレッサーパンダは、思春期の心身の変化や親への反抗心、そして自身の夢や欲望など、数々の要素を統合したメタファーとなっていることが、次第に明らかになってくる。しかし、もともとドミー・シー監督は、この突飛なアイデアを、可愛いから、面白いからという単純な理由で考案したという。はじめに表現したい圧倒的なヴィジョンがあり、それを中心に作品を構築していくというアプローチは、彼女が尊敬する宮崎駿監督のそれに近いものがある。

 カナダで中国系として育つメイメイの設定は、ドミー・シー自身のものでもある。メイメイが学習ノートの余白に男の子のイラストを描きながら「グフフッ!」と、凄まじい表情で喜んでいたように、ドミー・シーもまた10代の頃に絵を描くことで妄想を繰り広げる“オタク少女”だった。日本のアニメーションに傾倒していた彼女は、高橋留美子原作の作品のファンでもある。本作の設定は、中国の伝統的な呪いによって、水をかぶると異性やパンダなどに変身する『らんま1/2』を参考にしていると思われる。

私ときどきレッサーパンダ

 ドミー・シーとは『Bao』でもタッグを組み、本作でも美術設計を担当しているロナ・リウもまた、同じく中国系で、日本のアニメーションに愛着のある女性スタッフだ。本作では、『美少女戦士セーラームーン』のアニメ版のテイストをとり入れ、CGによって構築されているにもかかわらず、淡い水彩のような感覚的なテイストで背景が描かれているのが特徴的。ここからも分かる通り、ドミー・シー監督やロナ・リウをはじめとするスタッフたちが、自分たちの好きなものを集めて作り上げたのが本作なのだ。ちなみに、女性がメインスタッフとして「リーダーチーム」を構成したのは、ピクサー始まって以来のことなのだという。

 さまざまな日本のアニメーションのテイストを反映させている本作だが、もちろんそれだけにはとどまっていない。ここで参考にされている日本のアニメ作品には、美少女など美形のキャラクターが多く登場し、その外見はクリエイターによって理想化された一つのモデルをベースにしているため、複数のキャラクターの顔の特徴に幅を持たせられない場合が少なくない。だが本作はそれぞれのキャラクターに、さまざまな個性が反映され、ともすれば欠点とされるような要素が魅力的に表現されているのである。

 それは、これまでピクサーが追求してきた延長上にある試みであり、いまの日本のアニメーション業界が、失ってきたものなのではないか。本作は、日本のヴィジュアル的な美点を吸収しながら、ピクサーらしい身近に共感できる人間描写の徹底と、観客が求められるステレオタイプな“客体化”からの逸脱によって、アメリカにも日本にもなかった、“ネクストレベル”といえる表現が実現できているのだ。この素晴らしい融合が、日本の作品に共感するアジア系女性たちが中核になったことで発揮された事実から分かる通り、ピクサーや映画業界における、多様性の尊重の成果だといえるだろう。

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