どんな出逢いも肯定してくれる『ちょっと思い出しただけ』 映画だからこそ表現できた6年間

松居監督最高傑作『ちょっと思い出しただけ』

 リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、BE:FIRST沼にハマった30代野球ファンの石井が『ちょっと思い出しただけ』をプッシュします。

『ちょっと思い出しただけ』

「記憶は消えても、この想いは消えない。」

 数多くある映画のコピーの中でも最も自分の心に残っているのが、2010年に公開された実写版『時をかける少女』(仲里依紗主演、夫・中尾明慶との出会いの作品でもある)のこの言葉。作品を観終わったとき、この言葉が内容にぴったりすぎたこと、かつ自分の中にも残り続ける「想い」はきっとあるのだろうなと感じ、主人公・あかり(仲里依紗)のようにやたら涙したのを覚えています。

 松居大悟監督の最新作『ちょっと思い出しただけ』も、「記憶」と「想い」をめぐる一作であり、自分の心に今後も残り続けるであろう大切な作品となりました。

 脳科学を勉強していたわけではまったくないので、専門的に語るわけではないですが、「記憶」というものは本当に不思議なものです。絶対に覚えておきたい大切なことを忘れてしまうこともあれば、どうしてこんなことを覚えているんだろうというほどくだらないことが頭に残り続けていることもあります。当然、記憶の残り方も人それぞれ。同じ体験をして、同じ会話をして、ある人は何度も反芻して心に刻んでいても、ある人は何も覚えていないということも多々あると思います。それが原因ですれ違いや喧嘩、問題が発生してしまうこともしばしばです。

 人間の脳は不思議なもので、どんなに嫌だったはずの思い出も時間が経つにつれて美化されたり、何かのはずみで急に思い出したり。「記憶」として自覚的に引き出せなくても、かつて体験したさまざま「想い」は自分の体に刻まれているのだなとふと思うことがあります。

 『ちょっと思い出しただけ』は、登場人物たちの「記憶」というより大切な「想い」を共有していく物語となっています。物語は2021年のコロナ禍の東京から始まり、主人公・佐伯照⽣(池松壮亮)の誕生日である7月26日を1年ずつ遡る6年間の日々が描かれます。

 事前にあらすじや予告に目を通していなければ、最初は何が起きているのか分からない人もいるかもしれません。ただ、わずかな変化ですが、同じ部屋のはずなのに、あるものが無くなっていたり、増えていたり、同じ道の景色が微妙に変わっていたり、何より登場人物たちの雰囲気、表情が変わっていたり、同じ時間ではないことが随所に映し出されていきます。俳優陣の演じ分けも見事ながら、美術さんを中心としたであろう背景描写には驚くばかりです。

 怪我によってダンサーの道を絶たれ、照明技師として働く照⽣。タクシー運転手として働く葉(伊藤沙莉)。2人の別れた後、別れ、幸せの絶頂、出会いまでが遡る形で描かれていきます。そこに至るまでの1年間に2人に何があったのか、どんな想いを抱いていたのか、各年の7月26日しか描いていないのに、その行間が感じられるのだから面白い。何を持って“映画”と言うかは非常に難しいのですが、テレビドラマでも、演劇でも、ラジオでも絶対にできない、映画だからこそ表現できるリアルが、この6年間の描写には込められていました。

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