『湯あがりスケッチ』は“銭湯そのもの” 小川紗良×伊藤万理華の言葉が心に沁みる

『湯あがりスケッチ』は“銭湯そのもの”

 銭湯の湯気が光に照らされて、より立体的に浮かび上がり、水面が煌めく。北千住の銭湯「タカラ湯」に、小川紗良演じるヒロイン・澤井穂波が初めて入った時、彼女はまず、その高い天井に魅せられ、しばらく見つめていた。それから、ゆっくりと湯船につかり、あたりを見回す。本作の原案となった塩谷歩波の「銭湯図解」が示す、「銭湯」の古くからある建造物としての美しさだけでなく、そこは、床に風呂桶が置かれるたびに響く音、お湯の音など、ありとあらゆる音色からなっていて、朦々とした湯気と、身体を包み込むじんわりとした温かさで、視界がぼやける。裸の人々が身体を洗ったり、ただ湯船でじっとしたりして、思い思いに寛いでいる光景を見つめるだけで、彼女の瞳にはうっすら涙が浮かんでいる。

 2月3日より、ひかりTVにて配信が開始されるオリジナルドラマ『湯あがりスケッチ』は、ドラマというより、銭湯そのものだ。適温のお湯の中に浸かって、何も考えず立ちのぼる湯気を見つめる、いや、目を使うことすらやめて、蒸気を全身で感じる時の、あの感覚になれる。街の喧騒も、仕事のストレスも全てリセットされ、無になる心地よさ。例え旅先でも、そこに銭湯があったら、ふらっと足を運ぶ人も多いのではないだろうか。なぜなら、そこにいる人の息遣いが聞こえるから。常連客同士の世間話に耳を傾け、コーヒー牛乳を飲みながら、休憩室で寛ぐ人々と同じ空間に身を置くことで、その土地の誰かの日常に触れ、少しでも交わることができたような気がするから。銭湯とは、そんな場所だ。村上淳演じる「タカラ湯」の3代目・氏子愛之助の「銭湯は人だからね」という台詞からもわかるように。

 本作は、銭湯ブームの火付け役、『銭湯図解』の著者・塩谷歩波の体験をモチーフに、銭湯に魅せられたヒロイン・澤井穂波の「私と銭湯をめぐる三カ月」の物語を描く。監督と脚本を手掛けるのは、映画『四月の永い夢』、『静かな雨』の中川龍太郎。映画『わたしは光をにぎっている』では、都市再開発の脅威にさらされる、昔ながらの街並みを残す街の銭湯を舞台に、自分の居場所を見出していく、松本穂香演じる真っ直ぐなヒロインの姿を丁寧に描いていたことも印象深い。『静かな雨』のヒロインが、鯛焼きの餡子を作る時の、朝の光に照らされたできたての餡子から立ち昇る湯気と、一番風呂の銭湯の湯船から立ち昇る湯気の美しさは共通していて、中川作品の柔らかさを形作っているものと言える。その美しく優しい世界の中に、何かに打ち込むひたむきで凛とした表情が魅力的な小川紗良や、第1話ゲストである、弾けるような笑顔が魅力の伊藤万理華といった俳優たちが自然体で佇んでいる。

 本作のヒロイン・穂波は、建築設計の仕事をする28歳。夜遅くまで仕事に励み、帰宅してからも持ち帰った仕事を続けている。憧れの仕事に就いたはずなのに、肝心のやりがいは感じられず、ふとSNSを見れば「充実している」アピールをする同世代の投稿に疲弊し、友人からの突然の電話の「話したいことがある」には思わず「ご報告?」と返す、何かしら敏感にならずにはいられない年頃でもある。そんな時、友人の朋花(伊藤万理華)と北千住の居酒屋で楽しく語らった後、銭湯に誘われる。恐る恐る主人の愛之助に話しかけ、番台でタオルを受け取り、女湯の暖簾をくぐった先には、彼女の心を一瞬で解きほぐし、夢中にさせる、未知の世界が待ち構えていた。

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