『スパイダーマンNWH』は可能性を“捨てる"物語 マルチバースが現代に必要とされる理由

マルチバースが現代に必要とされる理由

 現在、映画館で大ヒット中の『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(以下、『スパイダーマンNWH』)のキーワードは「マルチバース」だ。

 マーベル・シネマティック・ユニバース(以下、MCU)では、これまでにもその存在を匂わせていたが、本作で本格的に導入されることになった。元々、マーベル・コミックに備わっていた概念だが、これは本作の魅力を語る際に重要なのはもちろん、それだけにとどまらない現代の実存に関する切実さも含まれている。

 単なるIP活用という商売上の理由は当然ある。だが、それが現代のエンタメに必要とされるには、それなりの理由と今日的な環境要因があるはずだ。

マルチバースのビジネス上のメリット

 マルチバースとは、日本語にすると多元宇宙と訳される。フィクションの世界では、並行世界やパラレルワールドなどと呼ばれていたものに近い。本稿では科学的な詳細は追いかけないので、およそ、これまでフィクションで扱われていた並行世界的なものと、だいたい同一と見なして話をすすめたいと思う。

 私たちの生きている宇宙は、それ自体が世界の全体ではない。宇宙とは大きな泡のようなもので、それが膨張し続けている。他にもいろんな泡があり、私たちの宇宙と同じように広がっているのだと考えるのがマルチバース理論だ。要するに、この世界以外にも、似たような世界が無数に存在しているということだ。

『スパイダーマン:スパイダーバース』

 2018年に製作されたアニメーション映画『スパイダーマン:スパイダーバース』(以下、『スパイダーバース』)は、『スパイダーマンNWH』に先駆けてマルチバースを活用した物語を展開していた。映画『スパイダーバース』では、6人のスパイダーマンが登場したが、原作コミック『スパイダーバース』では100人以上のスパイダーマンが登場する。マルチバースは多元宇宙で限りがないので、事実上、何人でもスパイダーマンを生み出せるのだ。

 この設定にビジネス上のメリットが大きいのは明らかだ。様々な都合によって、シリーズを展開させたい映画会社は、これまでもトビー・マグワイアやアンドリュー・ガーフィールド主演で『スパイダーマン』を作ってきたが、その度に設定はリセットされてきた。マルチバースは「あのバージョンは一体なんだったの?」という疑問を「別の宇宙です」の一言で説明可能にする。なので、これまで作ってきたシリーズに登場したキャラクターを無駄にすることなく、新しい作品で活用できるわけだ。

 現代のコンテンツビジネスで最も重要と言われるのがキャラクターIPの活用なので、それを最大限に活用させることのできる物語装置がマルチバースなのだと言える。

 そういう「金の匂い」は熱心なファンの人たちすらそれなりに感じ取っていると思う。だが、マルチバースは商業上の理由だけで展開されているわけでもないはずだ。というより、それが商業上の理由として展開できるのは、多くの観客にとってそれが求められる環境があるということでもある。その環境とは何かを考える必要があるだろう。

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