2021年の年間ベスト企画
荻野洋一の「2021年 年間ベスト映画TOP10」 登場人物と私たち自身の今が接続/浸透
7位はジェームズ・ガン監督の会心作。長年にわたるアメコミ系ユニバースにすっかり疲弊してしまった私に「忙しいかもしれないけど、これだけは見逃しちゃダメ」と二人がかりで強力に念を押してくれた字幕翻訳家 上條葉月、ミュージシャン中原昌也の両氏に感謝せねばならない。スーサイド・スクワッドのメンバーがマイクロバスで街に入るナイトシーンに差し掛かった時、『ジョーカー』のトッド・フィリップス、『ローガン』のジェームズ・マンゴールドというアメコミ映画のアウトサイダーの系譜をジェームズ・ガンが圧倒的に塗り替えたのだと確信した。
8位の2019年カンヌ国際映画祭クロージング作品『春江水暖』のグー・シャオガンは、これが監督デビュー作とは思えぬ肝の座った姿勢で江南の水辺都市の相貌をカメラにおさめていく。豊穣なる2時間半を見終えたエンドクレジットで、これがシリーズの第1話に過ぎないことが明かされて唖然とすると共に、若きグー・シャオガンの厚かましさに惚れこんだ次第だ。
家族、あるいはカップルといった人間単位を都市の相貌へと敷衍していく姿勢は『春江水暖』のグー・シャオガンにとどまらない。9位『水を抱く女』のベルリン派の名匠クリスティアン・ペッツォルトはベルリン郊外の沼沢へ、10位『花束みたいな恋をした』の土井裕泰は調布・多摩川の河岸へとカップルたちを召喚しつつ、水辺のもたらす胸騒ぎに身を任せ、関係性のウェットなドラマを都市の抽象へと敷衍していく。テーマ、主題、時事的事情を越えて、あるいは技術発展の水準を越えて、私たち映画を観る人間たちは、物質と精神の相互作用をつうじて登場人物と私たち自身の今を、あの手この手で接続/浸透させていく。今回ここに挙げた10本は、それをおこなうのに大いに貢献するリストであると確信する。
■公開情報
『ドライブ・マイ・カー』
公開中
出演:西島秀俊、三浦透子、霧島れいか、パク・ユリム、ジン・デヨン、ソニア・ユアン、ペリー・ディゾン、アン・フィテ、安部聡子、岡田将生
原作:村上春樹『ドライブ・マイ・カー』(短編小説集『女のいない男たち』所収/文春文庫刊)
監督:濱口竜介
脚本:濱口竜介、大江崇允
音楽:石橋英子
製作:『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
製作幹事:カルチュア・エンタテインメント、ビターズ・エンド
制作プロダクション:C&I エンタテインメント
配給:ビターズ・エンド
2021/日本/1.85:1/179分/PG-12
(c)2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
公式サイト:dmc.bitters.co.jp