2021年の年間ベスト企画
荻野洋一の「2021年 年間ベスト映画TOP10」 登場人物と私たち自身の今が接続／浸透
リアルサウンド映画部のレギュラー執筆陣が、年末まで日替わりで発表する2021年の年間ベスト企画。映画、国内ドラマ、海外ドラマ、アニメの4つのカテゴリーに分け、映画の場合は、2021年に日本で公開された（Netflixオリジナルなど配信映画含む）洋邦の作品から、執筆者が独自の観点で10作品をセレクトする。第12回の選者は、映画評論家の荻野洋一。（編集部）
1．『ドライブ・マイ・カー』
2．『DAU. 退行』
3．『ノマドランド』
4．『イン・ザ・ハイツ』
5．『偶然と想像』
6．『椿の庭』
7．『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』
8．『春江水暖』
9．『水を抱く女』
10．『花束みたいな恋をした』
2021年のベストワンは濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』だ。同作についての評（参考：濱口竜介監督の圧倒的な一作 『ドライブ・マイ・カー』という主語なきフレーズが示すもの）を当サイトに書かせていただいたあと、複数の知人から同作への否定的な見解を折に触れ聞かされたのは事実だが、「今年は『ドライブ・マイ・カー』だ」という考えを私自身が改めることはない。5位の短編集『偶然と想像』も併せ、濱口竜介の出した素晴らしい成果を、今は言葉を尽くしてねぎらうべき時だろう。
2位のイリヤ・フルジャノフスキー＆イリヤ・ペルミャコフ監督『DAU.退行』は、世界各国のベストテンにいっさいランクインしていない。当然だろう。ソビエト連邦時代の恥部をえぐる同作は本国ロシアで上映禁止処分となったばかりか、公開された国が皆無だからだ。目を背けたくなる描写が延々と続く同作をベストテンに入れるかどうか最後まで迷ったけれども、6時間9分の呪われた傑作がどういうわけか例外的に公開されてしまった東京という都市の一評者として、鑑賞後数カ月を隔てた今も、ある理不尽な熱に駆られている。
3位『ノマドランド』のクロエ・ジャオ、4位『イン・ザ・ハイツ』のジョン・M・チュウ。共にハリウッドの中枢で活躍する中華系の監督たちである。前者が女性、後者が男性。少しずつではあるが、人種およびセクシュアリティの旧弊な壁が崩れてきている。『イン・ザ・ハイツ』原作のミュージカル作者であるヒスパニック系のリン＝マニュエル・ミランダの監督デビュー作『tick, tick... BOOM!：チック、チック…ブーン！』、さらには2022年公開にずれこんだスティーヴン・スピルバーグの新作『ウエスト・サイド・ストーリー』と、ブロードウェイミュージカル映画化の復興機運は、2014年にクリント・イーストウッドの『ジャージー・ボーイズ』が高い評価を得て以降、力づよい潮流をなしている。
6位『椿の庭』をご存知の方はひょっとすると少ないかもしれない。写真家 上田義彦が長年構想してきたファミリードラマで、瀟洒な一軒家に慎ましくカメラが据えられている。日本映画史上の名女優 富司純子にふさわしい毅然とした役が与えられ、富司純子もそれに応える。脇を固める娘の鈴木京香、孫のシム･ウンギョンも素晴らしい。『ドライブ・マイ・カー』のラスト近く、北海道の凍土に煙草をドライバーの三浦透子が刺した時、私は『椿の庭』の富司純子が万感の思いをこめて庭土に刺す線香を重ね合わせていた。
