ヴィルヌーヴ版『DUNE/デューン』の本質的な評価を考察 真価が問われるのはパート2?

ヴィルヌーヴ版『DUNE』の評価を考察

 時代を超えて多くのクリエイターのイマジネーションの源泉となってきた、SF小説『デューン 砂の惑星』。何度も映像化が試みられてきた作品だが、その壮大なスケールを誇る長大な物語は、取り組んだ数々の映像製作者たちに様々な苦難と失敗を経験させてきた。そんな試練が立ちはだかる高い峰に今回あえて挑むのは、『メッセージ』 (2016年)、『ブレードランナー 2049』(2017年)のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督だ。

 新たに実写映画化された『DUNE/デューン 砂の惑星』の出来は、果たしてどうだったのだろうか。絶賛する声と、相反して否定的な声も聞かれる本作……。『デューン』という題材の深淵さとともに、その本質的な評価について、ここでは考えていきたい。

 舞台となるのは、人の精神に作用する希少なスパイスを産出する、砂に覆われた惑星アラキス。宇宙の星々を支配し、一つの巨大な封建国家となった人類は、皇家や公家たちの終わらない権力闘争のなかで、この価値ある惑星をめぐってそれぞれが策動していた。公爵アトレイデス家の嫡男ポール(ティモシー・シャラメ)は、跡取りとして一族とともにスパイスの採掘業に従事していたが、やがて彼は、強大な財力を持つハルコンネン男爵のおそろしい奸計によって、一族ごと命を狙われる危機に立たされてしまう。

 驚かされるのは、スクリーンに映し出される凄まじいほどの“仰々しさ”である。映画とはこれほど硬質的で重々しい表現ができるのかと思わされるほど、本作には巨岩のような重厚感が備わっている。気合いの入れ込み具合でいえば、ヴィルヌーヴ監督の前作『ブレードランナー 2049』(2017年)をはるかに上回るものがあるといえよう。音楽によって、その重々しさの一端を担っているハンス・ジマーもまた、ヴィルヌーヴ同様に原作に思い入れがあり、『TENET テネット』(2021年)を断ってまで本作を担当しているように、『デューン』は多くのクリエイターにとって特別な位置にある題材だ。

 本作で初めて『デューン』の世界に触れた観客から、「どこかで見たような表現が多い」という声が挙がっているように、たしかに本作には、これまでに作られてきたSF映画やアニメーション作品に通じる点が少なくない。しかし、それは順序が逆で、じつは『デューン』こそが、『スター・ウォーズ』シリーズや『エイリアン』シリーズなど、様々な後のSF映画に決定的な影響を与えたオリジナルといえる存在なのである。それを知れば、仰々しさを込めたくなる理由が納得できるだろう。

 ティモシー・シャラメ以外にも、レベッカ・ファーガソン、オスカー・アイザック、ジョシュ・ブローリン、ステラン・スカルスガルド、ジェイソン・モモア、ハビエル・バルデムなど、主演クラスの俳優たちが出演し、シェイクスピア劇の舞台に立ったかのように撮られているのも印象的である。『デューン』は、未来の人類の姿を描いたSFでありながら、陰謀渦巻く貴族の城で起こる古典的なドラマでもあるのだ。

 本作は、その開幕で「パート1」と表示されるように、ヴィルヌーヴ監督がもともと2部作として構想している企画だという。過去に映画化された、デヴィッド・リンチ監督による『デューン/砂の惑星』(1984年)が、製作上の問題から、原作の内容の重要な部分を一作に詰め込んだダイジェストのような作品になってしまい、核心部分が伝えられていなかったことを考えると、その選択は妥当だといえるだろう。

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