Z世代に向けた『もののけ姫』論 90年代の熱狂と今こそ語られるべきメッセージ

少年犯罪が頻発した時代に響いた「生きろ。」

杉本:宣伝戦略の見事さというのは今振り返ってもすごいなと僕も思いますね。「生きろ。」というシンプルなキャッチコピーがついていますけど、当時高校生だった私たちには非常に響きました。どうしてこんなに響いたんですかね。

渡邉:世紀末の殺伐とした社会的空気があったからですかね。当時、1997年は『酒鬼薔薇聖斗事件』や『西鉄バスジャック事件』というものが起きて、僕たちは「キレる17歳」、「アダルトチルドレン」と呼ばれていました。そういった社会背景や岡崎京子の漫画のような残虐的なものをプレゼンスしていくサブカルチャーがあった90年代に、あれほどピュアな「生きろ。」というメッセージはすごいなという感じはしました。

杉本:少年犯罪がマスコミをすごくにぎわせた時代でしたよね。『酒鬼薔薇聖斗事件』、『西鉄バスジャック事件』とか、あとシンプルに「人を殺してみたかったから殺しました」という少年がいたんですよ。なんで人の命が大事なのかとか、なんで生きなきゃいけないのかといった、人としてプリミティブなところに疑問が生じていた時代でしたね。そういう世相をとらえた作品として『エヴァンゲリオン』というものが片方にあって、それに対する少し上の世代からのメッセージとして「生きろ。」と言っていたという構造ですね。

渡邉:そうですね。あの空気が今の10代、20代の皆さんにどれくらい伝わるかがなかなか難しいところです。25年くらい前ですからね。

杉本:1997年というのはノストラダムスの大予言をまだ信じている人が結構いて、1999年に本当に世界が終わるんだという考えが心のどこかにありましたよね。そういう時代に「生きろ。」というのは非常に力強いメッセージでしたし、そういう時代をとらえる力というものがプロデューサーの鈴木敏夫さんにあったんだと思います。当時のハリウッド映画は、基本は「善人が悪人を倒して終わるハッピーエンド」という分かりやすい二項対立で描かれた物語が多かったんですね。そんななか『もののけ姫』の結論のなさに僕は惹かれました。人と自然の戦いを描いているわけだけど、ではどうすべきかという結論は提示してくれていない。要するに、人ひとりの頭の中ですぐに結論を出せるような世界ではないということを僕に教えてくれた作品でした。

渡邉:ある意味『もののけ姫』のアシタカと『エヴァ』のシンジって似てますよね。普通の意味でのヒーローや主人公じゃない、というか。宮崎監督自身も言っていましたけど、アシタカって実は何の役にもたっていないんですよ。最初から最後まで右往左往して、八方美人でいろんなところに行っているけど、結局何もできていないキャラなので。でもそれがすごくリアルで、何もできなさで途方に暮れているというのが、10代、20代の若者に共通しているメンタリズムで、時代を問わず共感を生むのかもしれないですね。

杉本:アシタカという主人公は確かに面白くて、非常に正義感もあるし、強いし、かっこいい、普通の映画だったら主人公になれるはずなのになれていない。そんな世界は単純じゃないんだよって言っちゃった作品なんですよね。宮崎監督がそれまでに作っていた、例えば『天空の城ラピュタ』のような娯楽映画としてのわかりやすさに振っていないというかね。 

渡邉:時代によって若者が共感する部分は様々だと思いますが、アシタカが仕事を背負わされてしまうシチュエーションは今でも若者が共感できるのではないかと思います。

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