クラシカルな性質を持った娯楽映画『ケイト』 アメリカ映画における日本文化の描き方を考察

『ケイト』にみる米映画の日本文化の描き方

 しかし、本作は同時にアメリカ映画がなかなか抜け出せない“外国観”にはまっているところがある。それは映画に限らず、アメリカ文化におけるショーアップの価値観に裏打された、オリエンタリズムの強調という思想の反映だと考えられるものだ。例えば、アメリカにある日本レストランには、そこがいかにも日本風であることを示すため、実際の日本よりも派手に誇張した演出を施した外装・内装が見られるケースが少なくない。それは日本に長く暮らした人が見たなら、笑ってしまうようなものだ。つまりは、それと同じことが映画の中にも施されているのである。

 日本人が日本を舞台にしたアメリカ映画を観て「トンデモ日本」と呼ぶような、荒唐無稽な描写は、文化についての理解不足というよりは、このテーマパーク的なショーアップにこそ、より大きな原因がある。『ライジング・サン』(1993年)では、「女体盛り」という日本の悪しき文化が紹介されたが、アメリカの一部の観客は、日本の描写にそのような“ビザール”といえるような奇妙な野蛮さを求める場合がある。本作のようなヤクザ映画では、その期待も小さくないだろう。

 しかし、それはあくまでパリ万博でアフリカの人々を展示した「人間動物園」のように、外国の文化を外側から見た面白がり方であり、日本文化の実像や、日本人の考え方に寄り添ったものでないことは明白だ。そういう表面的なアプローチをとる背景には、海外文化や異人種を軽視する姿勢が、どこかにあるからではないのか。20、30年前ならいざしらず、多様性の重要性が語られることがより多くなったいま、依然としてこのアプローチで映画が撮られているというのは、残念な面もある。

 その一方で、同時期に公開されたアメリカ映画『シャン・チー/テン・リングスの伝説』では、オークワフィナが演じるアメリカ育ちの女性が、“シャン”の発音を何度もシャン・チーに直されてしまうシーンがあるように、これまでアメリカ人の一部がいかに他国の文化の表面にしか興味を持ってこなかったことを風刺している箇所がある。もちろん、娯楽映画は面白くなければならないのだから、誇張やショーアップも必要だろう。しかし、そこに作り手の自制や自覚があるとないのとでは、その出来に大きな違いが出てくるように思われる。

 その意味で、『ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT』(2006年)は良い方の例だ。ドライビングが好きなアメリカ人の主人公は、日本に移り住んだことで、日本で盛んな「ドリフト走行」を学ぶことになる。タイヤを滑らせながらコーナーを曲がっていく独特な走りをマスターし、峠や首都高、立体駐車場の螺旋スロープを猛スピードで曲がっていくシーンはアツい。この修行で主人公が成長するように、ただ表面的な奇妙さを面白がるだけでなく、具体的な日本の文化を吸収するような描写があってこそ、他国でドラマを紡ぐ意味が出てくるのではないだろうか。

 東京を舞台にした、フランスのジャン=ピエール・リモザン監督の映画『TOKYO EYES』(1997年)では、下北沢や新宿が、一見雑な手つきにも見えるヌーヴェルヴァーグの手法で撮られていて、多くの日本映画が“フォトジェニック”だと感じる東京の風景をはるかに凌駕する迫真性とリアリティをもって、それをスクリーンに映し出すことに成功している。さらにここでは、当時問題になっていた「偽造テレカ事件」を背景に、同じアジア人を蔑視する日本人の姿も描かれた。

 バニラトラックが出てきただけで盛り上がることができるように、誇張された日本描写をシニカルな目で楽しむのは、「B級映画」とカテゴライズされるような作品のファンからしてみれば、常々やってきたことではあるし、そのような作品が無くなってしまうとしたら、やはり寂しいことだ。

 本作が一種の“イミテーション”であるというのは、作り手も認識しているようだ。それは、劇中に「和製『スター・ウォーズ』」と呼ばれる、既存の作品に類似した日本映画『宇宙からのメッセージ』(1978年)が登場するところから理解できる。『宇宙からのメッセージ』は、その成立過程からいっても、本家『スター・ウォーズ』と肩を並べるようなタイトルではないし、同列に評価しようとする人は少ないだろう。しかし、これはこれで楽しめるものではある。本作もまた、根本的にそういう存在であるということを、この引用によって示しているのではないか。

 しかし、いまやインターネットの動画サイトで、様々な国の人々がめいめいに様々な国々を紹介している時代だ。アメリカ人が韓国アイドルをきっかけに韓国の文化や風習に詳しくなったり、アニメ作品をきっかけに日本の文化を自分の内面に取り込むようなケースは、ほとんど珍しい光景ではなくなってきている。『スター・ウォーズ』公開後に、『宇宙からのメッセージ』のことを話題にするのは一部の好事家だけになったように、海外の無視できない数の人々が、日本を描く映画を観て、そのでたらめさに苦笑し始めたら、そういう映画の存在意義は揺らぐはずである。

 そのような変遷において、海外の文化に学んだり問題意識を持つのでなく、奇妙な面を表面的に消費して楽しむようなアプローチは、今後減少していくのではないだろうか。それは、多様な文化、多様な人種に偏見を持たない姿勢の人々の増加と連動していくはずである。その意味で本作『ケイト』は、クラシカルな性質を持った娯楽映画として認識されるタイトルとなっていくのかもしれない。

■配信情報
『ケイト』
Netflixにて独占配信中

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