SF映画ではなくフィルム・ノワール? 『レミニセンス』が内包する多層性と哲学性

『レミニセンス』が内包する多層性と哲学性

 大ヒットしたTVドラマ『ウエストワールド』の脚本家であり、製作総指揮を務めたジョナサン・ノーラン。そして同じく製作総指揮と、エピソード監督の一人としてドラマを手がけたリサ・ジョイ。この、実生活でのパートナーでもある二人が引き続いて製作し、リサ・ジョイが初めて長編映画の監督を務め、さらに彼女によるオリジナル脚本で描かれる近未来SFが、本作『レミニセンス』である。

 本作の舞台は、水没してビル群が水に浸った、近未来のマイアミ。この世界では、地球上の多くの都市が水害によって崩壊した状態にある。そしてヒュー・ジャックマンが演じる主人公は、そんな水浸しの街に居を構える「記憶潜入(レミニセンス)エージェント」のニック・バニスターだ。

 彼は相棒のエミリー(タンディ・ニュートン)とともに、事務所に設置した大掛かりな装置を駆使して、そこにつながれた無意識の人間に質問を繰り返し誘導することで、その人間の中にある必要な記憶を、立体的なスクリーンに投影する業務をこなしている。この技術は、裁判や犯罪捜査の証拠として利用されるのだ。

 この、人間の脳の中を題材にした設定だけを聞くと、クリストファー・ノーランの『インセプション』(2010年)を思い起こさせるところがあるが、本作を実際に観ると、全く異なる雰囲気に驚かされるはずだ。なぜなら本作の雰囲気は、ほとんどクラシカルな「フィルム・ノワール」そのものだからである。

 ある日、ニックの事務所にメイ(レベッカ・ファーガソン)という一人の女性がやってくる。シンガーである彼女の記憶の中の歌に魅了され、不思議なつながりを感じたニックは、そのときからメイに惹かれはじめる。だが、二人が恋愛関係になって間もなく、メイは突如ニックの前から姿をくらましてしまう。ニックは検察からの新しい依頼を引き受けるが、捜査のなかでも取り憑かれたようにメイの影を追うようになる。その姿は危機迫るものだ。

 「ファム・ファタール(謎めいた女性)」に魅了された男が、捜査の果てに陰謀の闇の中へと導かれることで事件の真実に迫っていくという本作の物語は、まさしくフィルム・ノワールの要件に当てはまるものだ。その意味で、本作はSF映画というよりは、“設定にSFを用いたフィルム・ノワール”と言った方が実像に近いといえよう。

 弁護士の資格も持つリサ・ジョイ監督は、大学時代にベビーシッターのアルバイトをしながら、雇い主の家でいつも映画作品を鑑賞し、なかでもフィルム・ノワールにおける、暗く耽美的な世界に魅了されていたのだという。その意味で本作は、ジョイ監督のクリエイターとしての原点が活かされたものになっているのだ。

 その趣味の良さが分かるのは、本作に登場する都市がマイアミとニューオリンズであるという点だ。アメリカ南部のマイアミといえば、そのさらに南にエバーグレーズというスワンプ(湿地帯)が存在し、ニューオリンズもまたスワンプが観光名所となっている。フランスの巨匠ジャン・ルノワール監督がアメリカで撮った『スワンプ・ウォーター』(1940年)がそうであったように、ときに不気味な雰囲気を見せるスワンプは、ノワールにふさわしく、暗くミステリアスな舞台であり、死体を始末したり逃亡者が逃げ込んだりなど、犯罪との親和性も高い。

 本作は、水に浸された近未来の世界を描いているが、それは環境破壊の結果をディストピアとして表現しながら、世界規模の“スワンプ化”をも表現しているのではないか。つまり、この試みによってジョイ監督は、ノワールの耽美性を、近未来SFの設定を利用することによって強化しているように思われるのである。それでもわざわざ、もとからスワンプにほど近いマイアミやニューオリンズを登場させるのは、そのこだわりをより明確化したかったからだと考えられる。

 舞台設定だけではない。とくにウィスキーを飲むヒュー・ジャックマンのダンディで整った佇まいや、対照的にメイを失った後、乱れた格好でめちゃくちゃになっていく様は、もはやノワールの主人公像として完璧といっていいし、レベッカ・ファーガソンのクラシカルなファム・ファタールぶりも素晴らしい。このキャスティングは、二人の過去作を見れば、本編を観なくても十分過ぎるほどマッチしていることは分かるはずだ。



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