オタクの突き抜けた興奮と熱狂を描く『刃牙はBL』 グルメドラマにも通じる手法が成功の鍵?

『刃牙はBL』突き抜けた興奮と熱狂描く

 WOWOWで放送・配信中の『グラップラー刃牙はBLではないかと考え続けた乙女の記録ッッ』(以下『刃牙はBL』)は、腐女子を主人公にしたWOWOWオリジナルドラマだ。主人公は文房具メーカーに勤めるデザイナー・児島あかね(松本穂香)。男性同士の恋愛を題材にしたBL(ボーイズラブ)を愛好する腐女子のあかねが、たまたまアプリで読んだ『グラップラー刃牙』(秋田書店、以下『刃牙』)が、実はBLではないかと思ったところから物語は始まる。

 「グラップラー刃牙」とは『週刊少年チャンピオン』で連載されている稲垣恵介の人気格闘技漫画。タイトルを変えながら今も続いている人気シリーズで『グラップラー刃牙』はその第一作だ。古今東西の格闘技に精通したマッチョな男たちが、強さを求めて死闘を繰り広げる様子はBLとは真逆の世界に思えるが、様々な諸要素から「これはBLではないか?」とあかねの脳内で展開されるドライブ感のある妄想が何より爽快である。彼女の“腐女子”目線で『刃牙』の世界についておもしろおかしく語るドラマとして、まずは楽しめる。

 『刃牙』とBLのことを知らない視聴者にとっては敷居が高く感じるかもしれないが、どちらもゼロから丁寧に解説しているので、どちらかというと「知らない人」の方が楽しめるのではないかと思う。オタクが自分の好きなことに熱中して早口で喋っている時に伝わってくる突き抜けた興奮と熱狂をドラマの中で描いていること。それこそが、本作最大の魅力と言えよう。

 原案は、BL研究家・金田淳子の『『グラップラー刃牙』はBLではないかと1日30時間300日考えた乙女の記録ッッ』(河出書房新社)。劇中であかねが語る『刃牙』とBLに関する持論は本書で金田が書いていることをドラマの台詞に置き換えているものだ。元となっている文章がnoteに書かれたブログ記事ということもあってか、ガチガチの評論と言うよりはエッセイに近い語り口だが、語られる内容は深いものとなっている。特に面白かったのは『刃牙』の世界に対して倫理的観点からツッコミを入れるところ。

 ドラマでは第2話で展開されているのだが、幼少期の刃牙に対する父母の虐待とも言える態度に対し原案者は憤り批判する。語り口こそライトだが、こういった倫理的な問題を指摘する場面が節々にあることで、本書は批評としての強度を高めている。

 なお、本書はnoteでの連載が2018年9月に始まり、2019年11月に書籍化されたのだが、時期としては『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)のヒットによってテレビドラマにBLブームが始まった頃とシンクロしている。『腐女子、うっかりゲイに告る。』(NHK総合)というタイトルのドラマが作られ、ゲイのカップルの日常を淡々と描いたよしながふみの漫画『きのう何食べた?』(テレビ東京系)もドラマ化された。昨年も『チェリまほ』こと『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(同)がヒットしており、BLはドラマの1ジャンルとして完全に定着したと言える。

 BLを全面に押し出していない作品の中にも、劇中に登場する男2人の友情を魅力的に描くことで人気を博す作品が増えてきており、漫画を筆頭とするオタク表現の専売特許だったBLは、ここ数年でドラマに定着し、腐女子という概念もだいぶ認知されるようになった。そういった近年の流れを踏まえると、変化球を通り越して魔球とすら言える『刃牙はBL』のような作品が作られたことは、ある種の必然だったとも言える。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「国内ドラマシーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる