『コントが始まる』は2020年代を代表するドラマになる 正攻法で挑んだ金子茂樹脚本の巧妙さ
「お前らと冒険できてよかったよ。一生の思い出ができたわ」。高校時代の恩師の家に招かれたバーベキューの席で、菅田将暉演じる春斗が神木隆之介演じる瞬太にそう呟く。第1話の段階から“解散”という明確な二文字が登場し、回を重ねるごとにそれが近付いてきていることがわかっていたとはいえ、第9話のそのシーンで、もう避けられないものなのだと改めて実感させられる。それでもどこかで、やっぱりマクベスが解散しないという選択肢を取ってくれないだろうか、などとドラマの前提を完全に無視した展開にさえ淡い期待を抱いてしまう。
どんな作品においても、「キャストが良い」「台詞が良い」「テーマが良い」「雰囲気が良い」など、何かしら琴線に触れるポイントというものは存在するわけだが、そのすべてが揃った時、とりわけ連続ドラマのようにある程度の時間を共有する作品であるならばなおさらに、それは特別な作品へと進化する。“傑作”や“名作”を軽く超越して、ついつい“人生”などと大袈裟に形容してしまうのだが、人生が一度しかないように、そういう作品との出会いは本当に何年に一度しかない。
少なくとも『コントが始まる』は、主人公たちと同じ20代後半から30代ぐらいの世代はもちろん、それ以外の世代でも、どんなにわずかでも夢を追った経験がある人間にとっては“人生”になりうるドラマだ。“続ける”ことの難しさと、それ以上に難しい“諦める”ということ。なぜ諦めるかを考えた時に必ず浮かぶ、そこから先のビジョンとそれまで歩んできた濃密な時間と、出会ってきた人々との記憶。第1話の放送が始まる時点で筆者は、「間違いなく忘れがたい傑作となる」と記したけれど(参照:『コントが始まる』は傑作の予感! 菅田将暉、有村架純ら豪華キャストのやり取りに注目)、その想像を上回るだけの作品であったことは言うまでもない。おそらく、まだ始まって間もない2020年代を代表するドラマとして刻まれるべき最初のドラマではないか。
毎回冒頭には、そのエピソードにリンクするコントの導入部が描写され、ストーリーがひとしきり描かれると結末部にそのコントのオチが描かれる。そこには決まって、ストーリーの中で触れられた何らかの要素が織り交ぜられている(それはメロンソーダのようなユニークなアイテムからちょっとした台詞の反復、“歯医者”と“敗者”をかけたダジャレのようなものなど様々だ)。それを「毎話巧妙な“前フリ”の回収がある」とフックにして宣伝されてきたわけだが、そんな奇をてらう必要などまるでない。金子茂樹の手掛けた脚本の巧妙さは、そのような意外性や1エピソードの中で完結してしまう瞬発的な面白みではなく、全10話なら10話続く連続性をフルに活かした、どこまでも正攻法でオールドファッションな青春群像に尽きるのだ。