『ミッドナイトスワン』オリジナル作品で興収8億円突破の要因 “追いスワン”の背景を探る

オリジナル脚本、異例のヒットの理由を探る

 草なぎ剛主演の映画『ミッドナイトスワン』が、2020年9月からというコロナ禍での公開にもかかわらず大ヒットとなり、ロングランを続けている。観客動員数は55万人を超え、興行収入も8億円を突破するなど、オリジナル脚本の日本映画としては異例の成功を収めているのだ。内容については賛否両論あり、内田英治監督のSNSへの投稿が炎上するなど、作品周辺の話題も注目を集める本作だが、ヒットの要因はもちろんそれだけではない。

 ではなぜ本作がそれほど多くの人々に支持されているのだろうか。マンガや小説原作、テレビドラマの映画版がメインの日本の実写映画のなかで、オリジナル脚本の作品がヒットするためには、どんな要素が必要なのか。今回は、これまでの邦画オリジナル脚本のヒットとされてきた作品の傾向などを振り返りながら、本作のヒットについて考えていきたい。

『ミッドナイトスワン』予告編

オリジナル脚本での成功は監督と主演俳優の知名度がカギに

 オリジナル脚本の映画が成功するかどうかは、ほとんど監督と出演者の知名度にかかっていると言っていいだろう。日本の映画監督でオリジナル脚本の作品を手掛けながら、成功ラインと言われている興行収入10億円以上を獲得し続けているのは、北野武、三谷幸喜、是枝裕和など、海外でも評価されている有名監督がメインだ。近年の彼らの興行成績をまとめると、北野武の『アウトレイジ 最終章』(2017年)は興行収入15.9億円を記録。カンヌ国際映画祭パルムドール受賞という栄誉とともに公開された是枝裕和の『万引き家族』(2018年)は、45.5億の興行成績を残した。また、2019年に公開された三谷幸喜の『記憶にございません!』は、36.4億円を獲得している。

 中堅監督たちのオリジナル脚本による作品も、10億円ラインを突破するものが少しずつではあるが増えてきている。『ミッドナイトスワン』と同じ2020年(と言ってもコロナ禍拡大以前)に公開された作品では、1月に公開された『AI崩壊』と2月に公開された『犬鳴村』がそれぞれ興収10億円を突破している。『AI崩壊』は、『SR サイタマノラッパー』シリーズや『22年目の告白-私が殺人犯です-』(2017年)を手掛けた入江悠監督によるオリジナル脚本で、主演は大沢たかお。興行収入10億円を達成した。『呪怨』シリーズの清水崇による『犬鳴村』は、14.1億円の興収を記録している。また、10億には届かなかったが、2017年の矢口史靖監督の『サバイバルファミリー』は興行収入8億円を記録。やはりオリジナル脚本の映画を成功させるためには、監督の知名度というのは見過ごせない大きな要素だ。

『湯を沸かすほどの熱い愛』(c)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

 一方で、監督の知名度がそれほどではなくても大きな話題となり、高い評価を獲得した作品もある。ここでは中野量太監督の商業長編映画デビュー作『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016年)を例として挙げよう。同作は、一般的にはほぼ無名の監督によるオリジナル脚本としては破格の3.2億円の興行収入を稼ぎ出した。その要因は作品自体の良さはもちろん、出演俳優陣の豪華さにもあっただろう。同作には主演の宮沢りえをはじめ、オダギリジョー、松坂桃李、杉咲花など人気俳優が顔を揃えた。『湯を沸かすほどの熱い愛』が最初に注目されたのがその点だったことは、想像に難くない。監督やキャストの知名度が作品の公開規模を決めることもある。上映館数や上映回数は、興行収入に直結する数字だ。映画も商売である以上、集客が見込める作品を多く上映したいと考えるのは当然で、作品を多くの人に観てもらうために有名俳優をキャスティングしたいと思うのも自然なことだ。

 『ミッドナイトスワン』成功の一因は、間違いなく草なぎ剛が主演を務めたことにある。彼の優しさと哀しみを滲ませる演技が素晴らしいのはもちろんのこと、その知名度は作品の注目度を高めるのに一役買った。この点については内田監督も認めている。彼は日本外国特派員協会の会見で、海外ではトランスジェンダー役にはトランスジェンダーの俳優をという動きが強まっていることにも理解を示したうえで、「この映画は、多くの方が観てくれる作品にすることがまず大事だと感じていました。そのためには、演技がちゃんとできて、日本で広く認知されている方ということで、草なぎさんにオファーさせていただきました」と発言した。

 さらに、“草なぎ剛の主演映画”が全国で公開されること自体が久しぶりだったことも注目を集めた理由の1つだろう。草なぎは2016年のSMAP解散、翌年のジャニーズ事務所退所以後、オムニバス映画『クソ野郎と美しき世界』(2018年)に出演したが、こちらは全国86館で2週間の限定公開だった。また2019年の主演映画『台風家族』は、ほかの出演者の不祥事による公開延期、その後20日間ほどの期間限定公開という憂き目にあっている。『ミッドナイトスワン』は151館という中規模ではあるが日本全国で公開され、多くの人が“俳優・草なぎ剛”を久しぶりに目にする機会となったのだ。

 『ミッドナイトスワン』の内田英治監督はNetflixのドラマシリーズ『全裸監督』(2019年)で注目を集めたが、清水崇や矢口史靖と比べれば、まだまだ知名度が高いとは言えないだろう。しかし草なぎ剛という有名俳優をキャスティングすることで、作品の注目度を高めることに成功した。あとは作品自体の持っている力が、コロナ禍での公開にもかかわらず興行収入8億突破という快挙につながっていったのだ。

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