『ミッドナイトスワン』オリジナル作品で興収8億円突破の要因 “追いスワン”の背景を探る
LGBTQに対する関心の高まりとトランスジェンダーの複雑さ
作中でも言及されているように、近年は企業でも講習会が開かれるなど、LGBTQに対する関心が高まっている。多様な性の在り方や生き方を認めようと、社会が動き始めたところだ。しかしまだまだ可視化や受容が進んでいるとは言い難いなかで、草なぎはトランスジェンダー女性という“難役”に挑戦した。性的少数者としてひと括りにされているが、レズビアンやゲイ、バイセクシュアルといった性的志向に関するマイノリティ以上に、身体の性と性自認が一致しないトランスジェンダーというのは、そうでない人々には理解しづらいところがある。差別や偏見との闘いに加えて、性別移行の肉体的苦痛も描いたという点では、その結末が現代医学からは考えにくいものであったとしても、『ミッドナイトスワン』は画期的だったと言えるだろう。
『かもめ食堂』(2006年)などで知られる荻上直子監督が手掛けた2017年公開作『彼らが本気で編むときは、』も、トランスジェンダーをメインキャラクターに据えたオリジナル脚本だ。しかし同作で生田斗真が演じたトランスジェンダー女性リンコは、すでに性別適合手術が完了し、体調も安定している。この作品も『ミッドナイトスワン』と同じく、育児放棄された子どもとの出会いによって母性に目覚めていくトランスジェンダー女性を描いているが、リンコの境遇は凪沙に比べてかなり恵まれている。理解ある母親に育てられ、介護士という安定した職に就き、愛する恋人もいる。もちろん、彼女をはじめセクシュアルマイノリティのキャラクターに向けられる差別や偏見、そしてそれが本人に与える影響も容赦なく描写されているが、リンコの境遇が恵まれているからこそ、そのぶん子どもとの関係性に重点が置かれ、作品全体にあたたかい雰囲気が漂っている。しかし生田斗真と桐谷健太がカップルを演じた『彼らが本気で編むときは、』は、日本映画で初めてベルリン国際映画祭でテディ特別審査員賞と観客賞をダブル受賞するなど海外でも高い評価を得たにもかかわらず、興行成績にはつながらなかった。
「追いスワン」を生み出した悲劇と希望の物語
知名度のある監督と出演者、そして似たテーマでも、オリジナル脚本の作品が興行的な成功を収めるのは難しい。ではなぜ『ミッドナイトスワン』は8億円もの興行収入を得ることができたのか。それは、本作が悲劇と希望の物語だからではないだろうか。お互いに過酷な境遇に置かれた子どもとトランスジェンダー女性が、寄り添いながら残酷な世の中を生きていく。片隅に追いやられて生きてきた凪沙は、一果の将来のために献身的に彼女を支え、やがて自らの命をすり減らしていく。その姿に強い“母性”を見た人も多いだろう。
本作は「追いスワン」という言葉が生まれるほど、多くのリピーターを獲得した。その理由は、凪沙の人生という悲劇のなかから一果の未来という希望が生まれるという、エンディングの魅力にあるのではないだろうか。ラストのバレエシーンは、一果が凪沙と過ごした時間で手に入れたきらめきを思い起こさせ、彼女の輝く将来を予感させる。観客の感情を大きく揺さぶる美しい映像で、母と子の絆が描かれるのだ。数多くの苦難を強く生き抜き、自分の身を顧みず娘の未来に希望を与えた、母としての凪沙。前述した『湯を沸かすほどの熱い愛』もそうだが、“母親”の生き様を描いた作品は、観客の共感と感動を呼びやすい。きっとそれは、誰にでも母親がいるからではないだろうか。
また内田英治監督や主演の草なぎ剛は、前述した日本外国特派員協会の会見でも「本作が何かを考えるきっかけになれば」と発言している。まさにそのとおりで、LGBTQに関する社会全体の意識やイメージは『ミッドナイトスワン』で止まっていてはいけない。凪沙の献身が一果に明るい未来をもたらしたように、本作の存在が日本でのLGBTQへの理解促進や、寛容な社会を実現する一助になってほしいと切に願う。
『ミッドナイトスワン』は、主演に人気俳優を起用し、近年社会的に関心が高まっているトランスジェンダーを演じるということで注目を集めた。そして悲劇から希望が生まれる物語に魅了された観客が何度も映画館に足を運んだことが、ヒットにつながったのだろう。様々な面で賛否両論ある本作だが、オリジナル脚本でこうした物語が多くの人に受け入れられたことは、日本映画のこれからにとって意味のあるものなのではないだろうか。
■瀧川かおり
映画/海外ドラマライター。東京生まれ、グラムロック育ち。幼少期から海外アニメ、海外ドラマ、映画に親しみ、10代は演劇に捧げる。趣味は編み物ほか手芸。金曜の夜に酒を飲みながら映画や海外ドラマを観るのが毎週の楽しみ。
■公開情報
『ミッドナイトスワン』
公開中
出演:草なぎ剛、服部樹咲、田中俊介、吉村界人、真田怜臣、上野鈴華、佐藤江梨子、平山祐介、根岸季衣、水川あさみ、田口トモロヲ、真飛聖
監督・脚本:内田英治
配給:キノフィルムズ
(c)2020「MIDNIGHT SWAN」FILM PARTNERS