『Away』はなぜアニメーションとして画期的なのか VTuberにも通じる“即興性”を読み解く

『Away』はなぜ画期的な作品なのか

『Away』監督は創造的アクシデントをアニメーションに求めた

 これまでは、そのような「創造的なアクシデント」をアニメーションに持ち込むことは困難だと考えられてきた。何しろ、アニメーションのキャラクターは絵であったり、人形であったりするので自発的に動くことはない。また、通常アニメーション制作は集団による分業制であるため、一つのセクションが勝手に何かを変更したら、それに伴って他のセクションも変更を迫られる。それゆえ、あらかじめ綿密に様々なことを決め、その決められた通りの物を作るべく作業する。そこに即興が入り込む余地はなかった。

 しかし、『Away』はその壁を越えた。果たして、その画期的な映画はどう作られたのか、監督に話を直接聞く機会があったので、ここからジルバロディス監督の証言を元に紹介しよう。同氏はまさにカサヴェテスの言う「創造的なアクシデント」を求めてこの手法にたどり着いたということがよくわかるだろう。

「脚本も絵コンテも作らずに制作を進めたのは、ドキュメンタリー的に作品を作りたかったからです。通常、多くのスタッフを集めてアニメーションを作る時、意思統一のためにどうしても脚本や絵コンテが必要になります。本来なら、アニメーションほど緻密にプランニングしなければならないものはないでしょうが、今回、私はそういうやり方では到達できない作品を作ってみたかったんです。普通なら思いつかないユニークなアイデアやストーリーテリング、直観的なカメラワークを実践してみたかったんです」

 実際の完成作品は、4つのチャプターで構成されている。これも制作途中に思いついたそうだ。

「全体的な物語の骨組みだけは考えてありましたが、途中から4つのチャプターに分けようと思いました。最初のチャプターを作っているときには、まだ3チャプター目の構想は固まっていませんでしたね。最初の構想にとらわれず自由に発想して物語を展開させていくことを大事にしました。例えば、映画に小鳥が登場しますが、あの小鳥は最初の構想では出番は少なかったんですけど、最終的には主人公の次に重要なキャラクターになりました。それから、主人公の少年が黒猫に出会ったり、飛行機の残骸を見つけるといった展開は最初は全く考えていなかったんです」

 なぜ、即興的に物語を組み立てることができるのだろうか。本作はMayaという3DCG作成ソフトを用いて制作されている。3Dで舞台となる世界をまず作り上げ、そこにキャラクターを配置し、カメラポジションとキャラクターの動きを決めていく。本作において、3DCGソフトで作られたその世界は、撮影のためのロケ現場なのだ。

 「ロケ」という言葉を使ったのは、本作のカメラワークがまさにロケ撮影のような不完全さと計算外の動きに彩られているからだ。本作のカメラは全編、手持ちカメラのような手ブレが加えられている。

「コンピュータは正確に制御できるものですが、私は逆に不完全性をもたらしたいと考えていました。カメラがキャラクターの動きを追いきれていないような、まるで人間がカメラを持ってそこにいるような感じを出したかったんです。もう一つこだわったのは、長回しです。ひとつのショットが短く、編集されたものよりも長回しのほうが『記録』されたものという感じが強くなって、没入感が出るだろうと思ったんです。実際にカメラの動きも事前に計算せずに直観で動かしています」

 ジルバロディス監督が挙げた「不完全性」というキーワードは重要だ。それは作品の完成度が低いという意味では決してない。

 それは、例えばハリウッド黄金時代のスタジオ映画のような、全てが計算しつくされた作品に対して、荒い粒子の映像に、ノイズ混じりの現場音声、そして段取りを排した即興芝居で人間の生の感情に迫ろうとしたジョン・カサヴェテスの映画に通じる「不完全性」のことである。

 カサヴェテスの『アメリカの影』は明らかに技術的には、撮影も音響も完成度が高いとは言い難い。だが、前述した通り『アメリカの影』で評価されたポイントはまさにそこだった。それはカサヴェテス自身も予想していなかったことだ(なにしろ、彼は直そうとしていたのだから)。まさに作り手の意図を超えた偶然性が映画を傑作にしたわけだ。

 そして、『Away』においてジルバロディス監督は、そうした「創造的なアクシデント」をアニメーションにもたらそうとしたのだと言える。

 本作の3DCGは、ディズニーやピクサー作品に比べれば、技術的には荒い。実際、ディズニー作品ほどに細かいポリゴンで作ってはいないのが、それは即興を可能にするリアルタイムレンダリングを実現するためだ。CGは精密になればなるほど物理演算量が増え、レンダリングに時間がかかる。本作はあえてローポリゴンの荒いCGにすることによって、個人製作でもリアルタイムレンダリングを可能にし、即興を可能にすることによって「創造的なアクシデント」を持ち込んだ。まさに、高い技術を擁するハリウッドに、荒い画面で対抗したカサヴェテスと同じ構図になっていると言えるのではないだろうか。

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