『エール』が2つの方法で描く、戦争のある日常 小さな恋の行方にも注目

『エール』日常の中にある戦争を表現

 コロナ禍でそれまでの日常が激変することを知った私たちにとって、『エール』(NHK総合)のエピソードが今ほど切実に迫ってくることはない。戦争のある日常と言い換えてもよいが、何年にも及ぶ戦争が社会の空気を支配し、音(二階堂ふみ)や裕一(窪田正孝)もその空気を否応なしに呼吸することになる。

 『エール』第77話。国家総動員法が施行され、配給は日に日に乏しくなる。古山家の壁に貼られた華(根本真陽)の「魚肉野菜」の習字が、当時の食糧事情を物語る。喫茶「竹」(旧「バンブー」)で試供された里芋のババロアも「デザートというより、おかず?」。「少し前まで普通だったことが、普通じゃなくなっていますもんね」という音の言葉は、普通の日常が確実に失われつつあることを伝えていた。

 音の音楽教室も弘哉(山時聡真)と華だけになり、休止することに。戦時歌謡やニュース歌謡を作曲する裕一の傍らで音楽の灯をともし続けてきた音だったが、時代の波にさらわれた音楽はふたたび音の手を離れてしまった。代わりに舞い込んできたのは、音楽挺身隊結成の報だった。

 吟(松井玲奈)に連れられていった婦人会で、音は克子(峯村リエ)から「これからの日本婦人は銃後の守りだけではなく、共に戦うことが肝要です」と聞かされる。軍人の智彦(奥野瑛太)を夫に持つ吟にとって「戦う」は文字通りの意味だが、音にはどこか遠い話のように思える。音楽挺身隊の知らせは、そんな音にとって、戦争をぐっと身近に引き寄せるものだった。

 戦争をどう描くかという課題に対して、『エール』は2つの方法で答えている。戦時歌謡を作曲する裕一と、戦時下で音楽と向き合う音。夫婦それぞれの姿を描くことは、そのまま戦時下で音楽が果たした役割を浮き彫りにする。特に、日常の中にある戦争を表現するやり方は、映画『この世界の片隅に』に通じるもので、戦争を知らない現在の日本では有効な手法だ。

 音楽挺身隊の会長は小山田(志村けん)で、活動は軍需工場などを慰問で回ること。小山田の名による通知には「国民一致協力団結の精神を培い、戦いのために不撓不屈の気力を養うことが、音楽に課せられた重要な任務」とあり、「一致団結」の言葉に音はため息をつく。

 重苦しい展開の中で、ほっとするような描写も。成績優秀で運動神経の良い弘哉は、唯一苦手だった音楽を、音のおかげで克服できたと話す。「優しいんだよね、弘哉くんって。そういうとこ好き」と華。娘の何気ない一言に動揺する裕一。小さな恋の行方にも注目だ。

 音が作った竹槍を握るのは、国民学校で教練に努める弘哉だろうか。少年の無垢な心だけは踏みにじらないでほしいと願うばかりだ。

■石河コウヘイ
エンタメライター、「じっちゃんの名にかけて」。東京辺境で音楽やドラマについての文章を書いています。ブログTwitter

■放送情報
連続テレビ小説『エール』
2020年3月30日(月)~11月28日(土)予定(全120回)
※9月14日(月)より放送再開
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:窪田正孝、二階堂ふみ、中村蒼、山崎育三郎、松井玲奈、奥野瑛太、古田新太ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/yell/

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