“画面の変化”から映画を論じる渡邉大輔の連載スタート 第1回はZoom映画と「切り返し」を考える

Zoom映画と「切り返し」の問題

ハンドメイキングの映画としての大林宣彦の可能性

 さて、そんな岩井が大きな影響を受けたとたびたび公言するのが、現在、岩井の新作とともに劇場公開されている、新作であり遺作となった『海辺の映画館 キネマの玉手箱』の大林宣彦である。大林と岩井の映画史的な関係については最近、別稿でも簡単に論じた(拙稿「「明るい画面」の映画史――『時をかける少女』からポスト日本映画へ」、『ユリイカ』9月臨時増刊号所収)。また、大林については、次回以降でもその仕事に触れていくことになるはずだ。

『海辺の映画館―キネマの玉手箱』(c)2020「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」製作委員会/PSC

 ところで岩井は、犬童一心や手塚眞など、自身と同様、「大林チルドレン」を自認する映画作家たちと大林について語り合った座談会のなかで、興味深い発言をしている。映画評論家で映画監督の樋口尚文の「この人は既成の技術自体を無邪気な子どもみたいに自由自在にひっくり返したいんだなと驚いて、本当に大林さんは映画監督ではなく映画作家なんだなと思いましたね」という言葉を受けて、彼は「そうそう。そういうハンドメイドの遊びっぷりが、あの時期の若い子たちにすごい影響を与えたんじゃないですか」と述べているのだ。この岩井の言葉は、その後に犬童がいう「山田[註:洋次]さんの映画を観ても、映画を撮れる気にはなれなかったけど、大林さんの映画を観て映画を撮る気になったんですよ」という発言も含めて、今回論じてきたZoom映画的な画面がもたらしている21世紀映画のパラダイムを考えるときにじつに示唆的に響く(ここまでの引用はすべて「<大林チルドレン>監督対談 大林宣彦はいつもぼくらのヌーヴェル・ヴァーグだった」、樋口尚文責任編集『フィルムメーカーズ[20]大林宣彦』宮帯出版社所収)。

 というのも、「ハンドメイドの遊びっぷり」を駆使して作られているものこそ、スマホ映画やリモート映画をはじめとした今日のモバイル化した現代映画の本質だと呼べるからである。実際、コロナ禍の無数の制約のなかでスマートフォンやZoomといった手許のツールをブリコラージュ的に用いて、また「カプセル怪獣」を弄るようにして岩井の『8日で死んだ怪獣の12日の物語』は作られているだろう。

『海辺の映画館―キネマの玉手箱』(c)2020「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」製作委員会/PSC

 そして、その岩井に大きな影響を与えた大林もまた、だからこそ1960年代からはじまる映画作家としての長いキャリアのなかで、まさに今日の「ポストヒューマン的」な想像力に先駆けるスタイルの映画作りを行なっていた。たとえば、彼の代表作となった『HOUSE ハウス』(1977年)や『時をかける少女』(1983年)をはじめとする諸作品では、人形などのモノがファンタジックに蠢き、人間と交渉する様子がたびたび描かれる。そのユニークな想像力は、『時かけ』の公開時、映画評論家でCMディレクターの石上三登志との対談で述べた大林のこのような言葉からも窺われる。

 僕は、人間もイスも全く対等な演技をするのが映画である、逆に言えば、俳優はイスでもいい、イスもヒーローになる、というのが基本にあって、その基本に沿って演出してきた部分があると思いますね。それが「転校生」や「時をかける少女」になると、このイスはイスであるが、感情や心を持っている。それと僕が対等に、つまり人間と人間の関係として、対等に対話してみようじゃないかと変化してきましてね。(大林・石上「ジュブナイルだからこそ語れる大人の心の痛み」、『キネマ旬報』1983年7月下旬号、キネマ旬報社、58頁) 

 近年、近代社会や近代哲学で長らく続いてきた「人間」(主体)を中心に世界や物事を考えるあり方をあらため、人間を介在することなく直接的にモノに触れ、また動物や鉱物やAIといった非人間的な存在を人間と対等に交渉可能な存在として扱おうとする「ポストヒューマニティーズの哲学」が脚光を集めている(思弁的実在論、オブジェクト指向の存在論、新しい唯物論など)。今回軽く触れたアクター・ネットワーク理論もそのひとつだ。

 それでいうと、この大林の言葉には、ヒトもモノも「対等に対話してみよう」という、彼のいわば「オブジェクト指向」的な感性がはっきりと表れている。その意味で、コロナ危機に揺れる日本映画界のなかで、岩井俊二と大林宣彦の新作が同時に公開されたことには、「新しい日常」での日本映画のゆくえを考えるにあたって、暗示的な意味を含み持っているのだ。映画が変われば、映画(史)の見方も変わる。

 ぼくたちはいまのこの状況だからこそ、映画文化の現在について、新しいまなざしで思考することが求められているのだ。

■渡邉大輔
批評家・映画史研究者。1982年生まれ。現在、跡見学園女子大学文学部専任講師。映画史研究の傍ら、映画から純文学、本格ミステリ、情報社会論まで幅広く論じる。著作に『イメージの進行形』(人文書院、2012年)など。Twitter

■公開情報
『海辺の映画館―キネマの玉手箱』
全国公開中
監督・脚本・編集:大林宣彦
製作協力:大林恭子
エグゼクティブ・プロデューサー:奥山和由
企画プロデューサー:鍋島壽夫
脚本:内藤忠司、小中和哉 
出演:厚木拓郎、細山田隆人、細田善彦、吉田玲(新人) 、成海璃子、山崎紘菜、常盤貴子ほか
配給:アスミック・エース
製作プロダクション:PSC
製作:『海辺の映画館-キネマの玉手箱』製作委員会
(c)2020「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」製作委員会/PSC
公式サイト:https://umibenoeigakan.jp/

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