『野ブタ』の先駆性、“ベスト再放送”の『アシガール』……コロナ禍を振り返るドラマ評論家座談会【前編】

リモートドラマが浮き彫りにしたもの

『世界は3で出来ている』(c)フジテレビ

ーー再放送ドラマの一方、森下佳子さんなどが参加したNHKの連作ドラマ『今だから、新作ドラマ作ってみました』、坂元裕二さんの『Living』など、名脚本家たちが参加したリモートドラマも次々と作られました。

成馬:どの作品もドラマが作れない時期に、それでも作り手が作品を届けようと試行錯誤する姿が刻まれたドキュメントとしての面白さはありましたが、今後もこの作り方が残るとは思えないですね。Zoomなどの顔が並ぶ映像も、最初は珍しさがありましたが、もう一段、洗練されたものにならないと、長時間見続けるのは難しい。物語の題材も、人格が入れ替わるとか、幽霊が登場するといった、一発ネタ的な話にせざるを得ない。そんな中、坂元さんの『Living』は、兄弟や夫婦を、キャスティングするドキュメンタリー性な面白さと、ファンタジー性を全面に押し出したストーリーという、相反する要素を同時に展開したのが非常に面白かった。作品の手触りは村上春樹の短編集『神の子どもたちはみな踊る』を彷彿とさせるものがありましたね。阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件の間に挟まれた1995年の2月を舞台にした短編集ですが、リアルな話もあれば、カエルが東京を救う寓話的な話もあるし、UFOが出てくるSF的な話もあるという不思議な小説で、背後にうっすらと現実の事件が見えるのが『Living』に通じると思います。村上春樹や坂元裕二のやり方は、コロナ禍のような、現実自体がフィクションを超えるような状況になってしまった時に「作り手がどう振る舞うべきか」に対する大きなヒントが詰まっていると思うんですよね。ナマの現実をそのまま受け止めるのではなく、虚構の中で距離をとることで現実について考える。そこにフィクションの可能性があるのではないかと思いました。

木俣:名だたる脚本家たちがさまざま工夫を重ねた味わい深い作品を一挙に観ることができたのはうれしかったです。ただ、成馬さんがおっしゃるとおり、この時期限定の手法だと思いますし、顔のアップばかりはどうしても飽きてしまう。唯一、可能性があると思ったのは林遣都さんが1人3役を演じた『世界は3で出来ている』(フジテレビ系)ですね。俳優さんの一人芝居で、CGを使って多人数を演じられるという面白さがありました。今後もそういう作品があってもいいのかもしれないし、離れている俳優さんが、一緒に共演しなくても、話次第では十分物語を作ることができそうだなと。もちろん、実際は直接集まって撮影できるのが一番いいとは思うので、あくまで手段のひとつだと思いますが。

田幸:私も、一番衝撃を受けたのは、『世界は3で出来ている』でした。これは、リモートじゃなければ思いつかなかったであろう企画だと思います。そして、とにかく林遣都さんの演技力が凄まじかった。自然に3人一緒にいるのに、見事にそれぞれ別人に見える。極端なことを言ってしまえば、林さんのように演技力の高い俳優が1人いれば、物語を作れることを証明したとも言えます。バラエティ番組などで顕著ですが、最少人数で番組を構成する際、これまで大人数で参加していた“ひな壇”の人はいらないよね、という方向に進んでいます。シビアというか、実力がある人だけで事足りる少数精鋭の世界になっている。ドラマに関しても作品によってはこのケースが出てくるのではないかと。バラエティとドラマで異なる部分が多くありますが、“その他”の枠がなくなることで、若手の経験の場がなくなってしまうとドラマにとっても大きな損失だなと感じます。

成馬:その可能性もあるとは思うのですが、今回のリモート映像を経験したことによって、「やっぱり“その他”が大事なんだ」という認識になった作り手も多かったと思います。画面に動きがないのであれば、ラジオドラマでも別にいいわけで、演出の領域が狭まり、影像で観ることの意義みたいなものがないと、ドラマがどんどん貧しくなってしまう。メインの役者たちの後ろでたくさんの人達がワイワイガヤガヤやっているような影像にこそドラマの豊かさは、あったのだと改めて感じました。逆に『世界は3で出来ている』のような撮り方を突き詰めるとアニメのような撮り方もできるわけですよね。背景も出演者も全部バラバラに撮ったものを、合成で繋ぐという手法を突き詰めると、また違った表現が生まれるかもしれない。

木俣:表現が貧しくなっていくのは私も心配しているところです。リモート撮影での映像は身体全体を映すことが難しいので、どうしても顔だけの芝居になりやすい。芝居をするというよりも、自分がいかにカメラにいい形で映るかに寄っていってしまう感じ。第2シーズンも始まった『半沢直樹』(TBS系)は、“顔芝居”とよく言われますが、顔というよりも身体全体で皆さん演じているんですよね。全身を使って、空間を使って、そこから滲み出たものが顔に集約されているという形なので。リモートだけでの撮影が可能になったとき、技術を身に着けている人はともかく、経験がない若手にとってはその実力が今まで以上にはっきりと出てしまうと思います。お芝居に限らず、対面で接して初めて伝わる情報は極めて多いわけです。新しい表現方法を模索すること、新しい生活様式に合わせた撮影をしなくてはいけないことなど、かつてと同じようにはいかないと思いますが、根本の部分は変えられないのではないかと感じています。

(後編へ続く)

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる