『大恋愛』が描く愛する人の全てを受け入れるということ 戸田恵梨香とムロツヨシの10年間の軌跡

『大恋愛』戸田恵梨香とムロツヨシの軌跡

 また、プロポーズのときの2人の掛け合い。真司からのプロポーズを受けて、尚が投げかける「名前間違えちゃうけど、いい?」「鍵挿しっぱなしにしちゃうけど、いい?」「黒酢はちみつドリンク、何度も注文しちゃうけど、いい?」、最後に「いつか、真司のこと、忘れちゃうけど、いい?」と続く質問に、全て「いいよ」と答える真司(書いているだけでも泣けてくる)。病気のこともこれから先に失ってしまうであろうたくさんのこと、待ち構える困難についても、どんなカップルでも遭遇しかねない日常の取るに足りない些細なことと変わらないと丸ごと受け入れる。

 きっとそれは、出会った当初、尚が真司に対してありのままを受け止めて、一歩踏み込んできてくれたことへの恩返しでもあるのだろう。一発屋のベストセラー作家として、バイトをしながら、ただただ生きるために生活してきたのであろう真司。“何も持ち合わせていなかった”彼にとって、尚が自分の初版本を大切に手元に置いてくれていたり、その中の文章を暗唱できるほどに読み込んでくれていたり、「きっと間宮真司って素敵な人だと思う」と言ってくれたりするのはもちろんだが、正体が知られていないうちから尚は真司に興味を持ち、好意を寄せてくれていた。そして正体がわかってからも「なんだ、そうだったの? 言ってよー」と少し驚いてはみせたものの、その前後で変わることなく接する尚。最初はきっと尚を幻滅させてしまうと自身が間宮真司張本人であることを言い出せずにいたが、そんな心配は全くの無用だった。この頃からきっと真司の中の“止まっていた時間”が動き出し、彼は“自分の人生”を生き始めたのだと思う。

 彼女は真司にとって、命の息吹をくれた人なのだ。1人の人間として、また1人の男性として、そして1人の作家として、魂を吹き込んでくれた女性なのだ。

 この物語に身を裂かれるほどの切なさが伴うのには、残酷な矛盾がはらまれているからだ。それは真司が本当の自分を取り戻していく一方で、尚は自分を(記憶を)失っていくという正反対のコントラストを辿る点。しかも、厳密には尚も真司との出会いによって合理主義な側面だけでない、本能のままに生きる本来の自分に初めて出会っていたのだ。にも関わらず、その幸せの絶頂が長くは続かず、ようやく結ばれたはずの2人に待ち受けるあまりに意地悪な運命が憎らしくて、やるせなくて仕方なくなる。

 ただ、この作品で救いだと思うのは、誰も「出会わなければ良かった」なんてことを易々とは口にしないことだ。人は本当に愛おしいものと向き合うとき、どんな顔をするのか、さらに本当に愛おしいものを失いそうになるときに何を思い、本当に愛おしいものがなくなった後には何が残るのか。もう一度、この名作ドラマで愛すべき2人の10年間を辿りながら想いを馳せたい。

■楳田 佳香
元出版社勤務。現在都内OL時々ライター業。三度の飯より映画・ドラマが好きで劇場鑑賞映画本数は年間約100本。Twitter:https://twitter.com/Tominokoji

■放送情報
『大恋愛~僕を忘れる君と 特別編』
TBS系にて、6月12日(金)22:00〜22:54放送(話数未定)
出演:戸田恵梨香、ムロツヨシ、富澤たけし(サンドウィッチマン)、杉野遥亮、木南晴夏、小池徹平、黒川智花、橋爪淳、夏樹陽子、草刈民代、松岡昌宏
脚本:大石静
監督:金子文紀、岡本伸吾、棚澤孝義
プロデューサー:宮崎真佐子、佐藤敦司
主題歌:back number「オールドファッション」(ユニバーサル シグマ)
製作:TBSスパークル、TBS
(c)TBS

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