『スカーレット』で水橋文美江が描く同業夫婦の苦悩 “朝ドラ新時代”を感じさせるヒロインの在り方

『スカーレット』が描く同業夫婦の苦悩

働く女の情熱や業がたどり着いた結論

 喜美子がまだ何者でもないとき、自由な発想と、驚異的な集中力で陶芸に向かうその姿に「隣にいられるのはしんどい」ともらしていた八郎。穴窯も最初は背中を押してくれたのに、喜美子が薪代に子どもの将来のためのお金までも注ぎ込もうとすると、大反対。これはかつてお米を買うために大事にしていた絵を売ったことのある、貧しさの辛さを知る八郎だからこその正論である。

『スカーレット』第104話

 しかし、1足12円でストッキングを繕い、一生懸命お金を貯めてきた喜美子だって当然、貧乏の辛さを忘れているわけではない。にもかかわらず、薪代のために借金までして全てを注ぎ込もうとしている。まるで炎に取りつかれてしまったように。その恐ろしいほどの情念には、呆れや不安、焦り、羨ましさもあったろう。それが「僕にとって喜美子は女や」のセリフで吐露される。しかし、これは喜美子と自身に向けた、無意識の嘘だろう。

 普通の夫婦であれば、元に戻れるタイミングはいくらでもあった。まずは「金賞をとって、陶芸家として認められてから穴窯に挑戦する」という八郎の案に喜美子が従うこと。あるいは、喜美子が7度目の釜炊きで成功した後に、あっけらかんとして八郎を迎えに行くことだって、できたはずだ。

 でも、そこで行かなかったのは、すでに喜美子が「何をするにも父に許可をもらい、結婚してからは夫に許可をもらう」喜美子ではなくなっていたから。女の弟子・三津(黒島結菜)との添い寝を目撃し、ショックを受けてなお、穴窯に向かうことを選んだ時点で、喜美子はすでに「妻」や「家庭人」であることよりも「陶芸家」を選んでいたのだろう。また、窯炊きの成功を見に来た八郎が、そこで家に戻っても良かったわけだが、声もかけず、作品を見つめ、涙を流し、夫婦ノートに「すごいな」と3回書き置きして去っていく。同業夫婦だからこその悲しみである。

『スカーレット』第107話

 そして、照子に「目を覚ませ!」と叱られてなお、薪を拾うときの風の気持ちよさを語り、「1人もええなあ」と言ってのけた喜美子のセリフには、ゾクッとした。八郎が三津との不倫で出て行ったのなら、嵐が去れば、2人は元に戻れるかもしれない。しかし、この境地に到達した喜美子を止めることはもう誰にもできない。

 この言葉の持つ恐ろしさは、陶芸に限らず、あらゆる同業夫婦の、しかも、ワーカホリック気味の女性には特に響くはずだ。

 自分自身、夫と同業であるために、この心情は悲しいながらも理解できる。「もし一人だったら、遠慮なくもっとガンガン働けたのに」「もっとチャレンジングな仕事も引き受けられるのに」などと思ったことがある女性はたくさんいるだろう。

 まして、同業夫婦というのは、一番の理解者である半面、一番のライバルでもある。

 仕事の相談もするし、助けてもらうこともあるし、お金の良い仕事がきたときは共に喜ぶ。しかし、お金にはならなくとも面白い仕事を相手がしているときは、嫉妬もするし、「自分のほうがもっと面白く、うまくできる」とたぶんお互いに思っている。

『スカーレット』第73話

   『スカーレット』の場合は、かつて作品に挑む八郎と、食器を量産し、生計を立てていた喜美子とのバランスが、途中で逆転してしまった。お金の心配をするのが八郎になり、喜美子は「芸術」を追求する。なんとも切ないが、その「逆転」は、同じ女性としては羨ましく思えるところもある。自分が好きな道を進み、相手が支えてくれるとしたら、それは理想的だが、そこには相手の思いが置き去りにされている。

 従来の朝ドラヒロインたちの多くは「支える」ことに疑問を抱いていなかった。しかし、『スカーレット』ではいつの間にか立場が逆転し、支える側にまわった八郎が、結局は去っていく道を選んだ。

 働く女の仕事への情熱や業が、たどり着いた「一人になる」という結論に、朝ドラ新時代を感じずにはいられない。

■田幸和歌子
出版社、広告制作会社を経てフリーランスのライターに。主な著書に『KinKiKids おわりなき道』『Hey!Say!JUMP 9つのトビラが開くとき』(ともにアールズ出版)、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)などがある。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『スカーレット』
NHK総合にて、2019年9月30日(月)~2020年3月放送予定
出演:戸田恵梨香、北村一輝、富田靖子、桜庭ななみ、福田麻由子、佐藤隆太、大島優子、林遣都、財前直見、マギー
水野美紀、溝端淳平、木本武宏、羽野晶紀、三林京子、西川貴教、松下洸平、イッセー尾形 ほか
脚本:水橋文美江
制作統括:内田ゆき
プロデューサー:長谷知記
演出:中島由貴、佐藤譲
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/scarlet/

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