横溝正史と西村京太郎はなぜ国民に愛される? 金田一耕助、十津川警部シリーズが映した日本の社会

横溝正史と西村京太郎はなぜ国民に愛される? 金田一耕助、十津川警部シリーズが映した日本の社会

 芸人兼作家の又吉直樹とアイドル兼作家の加藤シゲアキ(NEWS)がMCのバラエティ番組『タイプライターズ~物書きの世界~』(フジテレビ系)は、12月21日放送でミステリーの巨匠2人をとりあげた。作品多数がドラマ化されてきた十津川警部シリーズ原作者の西村京太郎本人が登場したほか、直木賞作家の道尾秀介が今でも金田一耕助シリーズがたびたび映像化される故・横溝正史について語った。今回の原稿では横溝と西村の2人の巨匠がどのように人気を得たのか、同番組で触れられなかったところを書いてみたい。

『八つ墓村』(刊・角川文庫/著・横溝正史)

 横溝は、金田一耕助シリーズの第一作『本陣殺人事件』を終戦の翌年の1946年に発表した。この名探偵が活躍する物語のなかでも『獄門島』、『八つ墓村』、『犬神家の一族』、『女王蜂』、『悪魔が来たりて笛を吹く』など繰り返し映像化されてきた有名作の多くは1950年代までに書かれている。

 早くも1940年代から映画化が始まり、片岡千恵蔵、池部良など複数の役者がスクリーンで金田一を演じた。しかし、ある時期までの金田一は、先行する名探偵キャラクターで江戸川乱歩が生んだ明智小五郎と同じく、スーツ姿だった。また、1961年版『悪魔の手毬唄』の高倉健は短髪にサングラス、1975年版『本陣殺人事件』の中尾彬はジーパンであり、写真だけを今いきなり見せられても金田一とは思えない。当時は洋装のほうがかっこいいと判断されたのだろう。

 『男はつらいよ』シリーズの寅さん役で知られる渥美清が麦わら帽子をかぶった1977年版『八つ墓村』の金田一は、かっこよさより人のよさを打ち出して原作に近づいた。だが、袴姿で帽子をかぶり、ぼさぼさの髪で頭をかくとフケが落ちるという、原作に準じた和装でユーモラスでもある金田一像が定着したのは、1976年版『犬神家の一族』を第1作とする石坂浩二の映画シリーズ、1977年に同作の放映から始まった古谷一行のドラマシリーズから後のことだ。以降は西田敏行、片岡鶴太郎、稲垣吾郎、長谷川博己、吉岡秀隆、加藤シゲアキなど多くが映画やテレビで和装の金田一を演じている。

 洋装であればそれ以前から人気があった明智小五郎の亜流のように見えてしまうが、和装を選択することで映像コンテンツとしての金田一耕助の個性が確立され、定番化が進んだ。そうとらえられる。地方の名家に育ち戦場へ行った男が、顔に傷を負って故郷に復員する。『犬神家の一族』のこの設定に現れている通り、金田一シリーズは、終戦から間もない日本を舞台にしていた。死体が奇妙な姿に飾られる連続殺人事件など、いかにも虚構の世界だが、因習にとらわれた地方、複雑な関係に彩られた大家族、頭をかけばフケが落ちる健康衛生状態といった要素は、高度経済成長以前の過去の日本ではリアリティを感じさせたはずである。だから映像化では、絵面が貧乏くさくならないように金田一をかっこいい洋装に変えたのだろう。

 一方、経済成長をとげてからの1970年代には、後にJRに改組される国鉄が「ディスカバー・ジャパン」と銘打った旅行キャンペーンを展開した。英語で「日本を発見しよう」と呼びかけたのだ。敗戦直後の貧しさから脱した日本人は、外国人が珍しがるような視線で、地方の寺社や自然を美しいと感じるようになった。そんな状況になったからこそ、かつては同時代の日本のいたたまれなさも反映していた金田一耕助シリーズが、距離感のある過去を描いた、安心して楽しめる時代劇として再発見された。名探偵の和装やフケも面白がれるようになったと考えられる。

 そして、金田一耕助シリーズが様々な役者で受け継がれ定番化するなか、孫の金田一一を主人公にすえたコミック『金田一少年の事件簿』(原作天樹征丸、作画さとうふみや/1992年~2017年)がヒットしてドラマ化もアニメ化もされ、より若い世代も一の「ジッチャン」の存在を知るようになった。

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