横溝正史と西村京太郎はなぜ国民に愛される? 金田一耕助、十津川警部シリーズが映した日本の社会
一方、西村京太郎は、1963年に「歪んだ朝」でオール讀物推理小説新人賞、1964年に『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞を受賞し作家として歩み始めた。だが、『タイプライターズ』で語られた通り、初期の社会派ミステリーは売れず、『寝台特急(ブルートレイン)殺人事件』がヒットしてから、トラベルミステリーの十津川警部シリーズに力を注いだのである。
『寝台特急殺人事件』が刊行された1978年は、石坂浩二主演の金田一耕助シリーズの第4作『女王蜂』公開の年でもあった。映像における金田一の和装化は、「ディスカバー・ジャパン」の風潮とのシンクロがみられたが、『寝台特急殺人事件』も当時のブルートレインブームに着想を得て執筆されていた。金田一耕助シリーズは旧い日本への時間旅行であるのに対し、十津川警部が東へ西へ捜査で出向くトラベルミステリーは、同時代の鉄道熱、旅行熱の高まりと連動していた。
十津川警部が世間に広く知られたのは、2時間サスペンスでシリーズ作品の相次ぐドラマ化があったためだ。まず1979年に三橋達也主演で『ブルートレイン寝台特急殺人事件』としてテレビ朝日系でドラマ化され、シリーズ化された。また、1982年からTBS系でも制作され始めるなど、複数チャンネルで並行して違う役者による十津川が登場する状態になった。これまで高橋英樹、渡瀬恒彦、内藤剛志、高嶋政伸などが十津川役を務めている。
鉄道を用いたトリック、東京から地方に出張しての捜査を盛りこんだ十津川警部シリーズは、地方の名所やホテル、特産品なども映し、ミステリードラマであると同時に観光案内にもなっていた。バブル景気にむかい消費が盛んになる時代にふさわしい内容だったのだ。1980年代に番組フォーマットとして定着した2時間サスペンスのなかで、トラベルミステリーは人気コンテンツになったが、十津川警部シリーズはその牽引者となった。
2時間サスペンスは1990年代の各局乱立を経て2000年代後半以降、減少していった。だが、その後も十津川警部シリーズは根強い人気を誇っている。この新年1月5日には高橋英樹主演でサンドウィッチマンをゲストに迎えた『西村京太郎トラベルミステリー71』(テレビ朝日系)が放送される。
一方、金田一耕助に関しても昨年12月21日に加藤シゲアキ主演の『悪魔の手毬唄』(フジテレビ系)が放送されたのに続き、池松壮亮主演による大胆な演出のシリーズ第2弾『横溝正史短編集II』(NHKBSプレミアム)が、1月18日から3週連続で放送される。
経済格差が広がって消費も低調で、旅行できる人とできない人で分かれる。金田一耕助や十津川警部が定番になっていった頃と今では社会状況が大きく違う。とはいえ、映像を見れば過去にタイムトラベルすることも旅行の疑似体験もできる。だから、横溝正史と西村京太郎は、未だに巨匠であり続けるのだ。
■円堂都司昭
文芸・音楽評論家。著書に『ディストピア・フィクション論』(作品社)、『意味も知
らずにプログレを語るなかれ』(リットーミュージック)、『戦後サブカル年代記』(
青土社)など。
■放送情報
『西村京太郎トラベルミステリー71』
2020年1月5日(日)21:00~23:05 テレビ朝日系列にて放送
原作: 西村京太郎
脚本: 深沢正樹
ゼネラルプロデューサー: 関拓也(テレビ朝日)
プロデューサー:山川秀樹(テレビ朝日)、河瀬光(東映)
監督:村川透
制作:テレビ朝日、東映
出演:高橋英樹、伊達みきお、富澤たけし、とよた真帆、宮澤佐江、矢島健一、伴アンリ、山村紅葉、葛山信吾、高田純次