『いだてん』上白石萌歌が生み出した「前畑がんばれ」の熱狂 苦悩の上に勝ち取った金メダル
「がんばれなんて言わんといてください」
冒頭、上白石萌歌演じる前畑は、「がんばれ」と声をかける政治(阿部サダヲ)を一蹴した。9月22日に放送された『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』(NHK総合)第36回「前畑がんばれ」。戦前のオリンピック史上、最も有名な大勝負。凄まじいプレッシャーと戦いながらもロサンゼルスオリンピックでの雪辱を果たした前畑を、上白石は見事に演じきった。
ロサンゼルスオリンピック後、当時の東京市長・永田秀次郎(イッセー尾形)から「なぜもう10分の1秒縮めて金メダルを獲ってこなかったんだね」と責められた前畑。その出来事がきっかけとなり、前畑はベルリンオリンピックで金メダルを獲得するため、1日およそ2万mもの距離を泳ぎ続けた。前畑の原動力は悔しさだ。ロサンゼルスオリンピック後、引退を考えていた前畑だが、「なぜ金メダルを獲れないのか」という日本中の声を聞いて、「悔しい!悔しい、悔しい!」と言いながら水に飛び込んだのだ。上白石の表情はこの瞬間からガラリと変わった。天真爛漫で無邪気な前畑はいなくなる。「勝つんだ」「負けるか」「10分の1秒」と己に言い聞かせる目つきは鋭い。一心不乱に泳ぎ続ける上白石の姿からは前畑の執念が伝わってくる。
しかし、どんなに水泳選手として成長を遂げてもプレッシャーから解放されるわけではなく、むしろその重みは増していく。世界新記録を3度も更新した前畑は取り乱した。
「世界一の記録が世界一の責任を生んだんや」
「殺される。金メダル獲らな殺される」
「天変地異が起きてオリンピックなんてなくなればいいのに!」と嘆く姿は切実だ。だが、前畑がオリンピック出場を放棄することは決してない。“殺される”という言葉を発してしまうほどの重みをもつ“世界一の責任”を感じながらも、「金メダルを獲りたい」という強い意志が膨れ上がっていたからだろう。
ベルリンオリンピックの決勝前夜、前畑の前に亡くなった両親が現れる。前畑は「がんばれの他に何かないの?」と言葉をぶつけるが、両親の「明日は皆で泳ぐんや」「日本人皆や、秀子」という言葉を聞き、「がんばれ」の重みを自身の強さへと変えていく。政治らの制止も聞かず、「がんばれ」と書かれた電報を飲み込んだ前畑は「これでうちは1人やない。日本人全員で泳ぐんや」と言った。
上白石は「私は『がんばれ』という言葉をプラスにしか受け取ったことがありませんが、前畑さんはマイナスに感じてしまうほど追い詰められていました。それなのに最後は、日本中の『前畑がんばれ』を力に変えて優勝。たくさんの人びとの応援を味方にできたことに感動しました」とコメントしている。
「私は『がんばれ』という言葉をプラスにしか受け取ったことがありませんが、#前畑 さんはマイナスに感じてしまうほど追い詰められていました。それなのに、最後は、日本中の『#前畑がんばれ』を力に変えて優勝。たくさんの人びとの応援を味方にできたことに感動しました」(#上白石萌歌)#いだてん pic.twitter.com/sd2qT8Xh3G
— 大河ドラマ「いだてん」 (@nhk_td_idaten) September 22, 2019
決勝当日のスタジアムでは、ドイツ代表・マルタへの大声援が響く。「マルタ」にも「前畑」にも聞こえるその声援は、彼女たちの背中を押すものでもあり、重くのしかかる圧でもある。けれど、前畑はそれを力に変えたのだ。そんな前畑の強さを上白石は体現する。上白石の目はまっすぐ前を見据え、競技にかける熱意を視聴者に見せつける。「10分の1秒、10分の1秒」と呟く声からは、金メダルへの並並ならぬ思い入れが伝わる。「神様」と発した声は決してすがりつくようなものではなく、神をも味方につけてしまうような気概を表していた。