『いだてん』上白石萌歌が生み出した「前畑がんばれ」の熱狂 苦悩の上に勝ち取った金メダル

『いだてん』「前畑がんばれ」の熱狂

 理路整然とした実況で有名だった河西三省(トータス松本)は、身を乗り出して「前畑がんばれ」と声をあげた。日本でも、ラジオの前で河西の実況を聞く人々が「がんばれ」「がんばれ」と声援を送る。オリンピックの試合さながらの映像はドラマの枠を超えていた。前畑秀子は自伝『前畑ガンバレ』で、ゴールの瞬間をこう記している。「わたしは、なにもかも忘れ、最後の力をふりしぼって、ただ死にもの狂いで水をかき、けりつづけてゴールインしたのです」。

 上白石の演技は、前畑秀子が憑依しているかのようだった。7キロの増量と日焼けで自身を前畑に近づけただけでなく、上白石は当時の前畑の思いをそのまま演技にぶつけている。とてつもない集中力で泳ぐ上白石の姿は、死にもの狂いで水をかいた前畑そのものだ。

 前畑は見事金メダルを獲得し、ロサンゼルスオリンピックでの雪辱を果たした。泳ぎ終えた前畑の表情は、「がんばれ」の重圧から解放されたようにも、「がんばれ」という人々の思いに包まれ充足感を味わっているようにも見える。最後に上白石が見せた笑顔と涙には、前畑のオリンピックにかけた苦悩の日々と努力の成果が詰まっていた。

 Twitter上で「#前畑がんばれ」がトレンド1位になるなど、当時のオリンピックさながらの盛り上がりを見せたが、後半の10分間はガラリと雰囲気が変わった。政治がヒトラーと握手を交わした後、はからずもナチス式敬礼をとらされていた演出。「前畑、頑張った」と言葉を残し、閉会式翌日に自殺したユダヤ人通訳のヤーコプ。そして日中戦争の始まり。華々しい物語が断ち切られるような出来事の連続に、背筋が凍るような思いをした視聴者も多いはずだ。人々の笑顔が失われていくかもしれない。スポーツに励む若者たちの笑顔が奪われないことを願う。

■片山香帆
1991年生まれ。東京都在住のライター兼絵描き。映画含む芸術が死ぬほど好き。大学時代は演劇に明け暮れていた。

■放送情報
『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』
[NHK総合]毎週日曜20:00~20:45
[NHK BSプレミアム]毎週日曜18:00~18:45
[NHK BS4K]毎週日曜9:00~9:45
作:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
出演:阿部サダヲ、中村勘九郎/綾瀬はるか、麻生久美子、桐谷健太、斎藤工、林遣都/森山未來、神木隆之介、夏帆/リリー・フランキー、薬師丸ひろ子、役所広司
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/idaten/r/

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