『なつぞら』だけじゃない!? 「バックステージもの」が描く、アニメ業界ならではのドラマの数々
分業ならではの苦労
NHK制作の実写ドラマである『なつぞら』に対して、アニメ制作会社によってアニメ業界の内幕を描いた作品が『SHIROBAKO』だ。当事者たちが、自らの業界を愛情たっぷりに描くこの作品は、勝手知ったる世界を描いているからこそのディテールのリアリティと、アニメ現場で起きうるトラブルや独特の人間模様などが多岐にわたって詰め込まれた作品だった。主人公の宮守あおいは、制作進行という役職で、彼女を中心に、アニメの現場で働く様々なポジションの人間が登場し、それぞれの悩みや葛藤、仕事内容をわかりやすく見せてくれる。アニメ作品ならではのカリカチュアで地味な作業をダイナミックに描く工夫もしていて、監督の水島努氏のセンスも相まって、荒唐無稽なコミカルシーンもあれば、感動を呼ぶシーンもありエンターテイメント作品として完成度が高い作品だ。
アニメ制作に詳しくない人にとって、制作進行というポジションの重要性はよくわからないかもしれない。絵を描くわけでもないし、物語を作るわけでもない制作進行という地味な役職を主人公にしているのは、それがアニメ制作において極めて重要だからだ。制作進行は文字通り、アニメ制作の進行を管理するのが仕事だ。アニメは原画、動画、音響、色彩、背景などの美術にCGなど、様々なポジションが存在するが、それらのセクションを駆け回り、進捗スケジュールを管理してゆくのだ。こうした、様々な人の間に入る調整役はどんな業種にも存在するので、宮森の仕事ぶりと大変さに親近感を覚える人も多いのではないか。
アニメ制作は細かく分業されている。そんなアニメ制作現場の分業という特徴を端的に示した注目すべきエピソードが、2話と3話にまたがる作画のリテイク(修正)のエピソードだ。話は、アフレコ現場から始まる。ヒロインの女の子が本音を吐露するシーンのアフレコ作業中、監督が何かが足りないと言い出す。同席していた演出担当が、自分の演出プランに間違いがあるのかと問いただす。しかし、そうではないと監督がいう。スケジュールが詰まっていることを重々承知の上で、監督はモゴモゴと絵がキャラクターとずれているので直したいと言い出す。
そこで、作画監督や演出を集めて、改めてキャラクター認識に関する会議を行い、修正の方向で決まる。作画担当が「絵が負けている」という表現をしているが、声優の芝居の熱量が想定以上に高かったのだ。実写作品の現場では、最低限監督と役者がキャラクターを理解していればなんとかなるものだが、アニメでは一つのキャラを何人ものアニメーターが描くことになるので、キャラクターの理解を統一させなくてはならない。また、声と身体の芝居が別々に作られるアニメの芝居だからこそ、声優の芝居に引っ張られて絵の芝居の質を高めようという発想も生まれてくる。エピソードの最後にリテイクされた原画が流されるのだが、見事に声優の熱量に負けない絵の芝居を示して幕を閉じる。アニメの分業の特徴をよく捉えた上で、良いものを作りたいという情熱とスケジュール調整の難しさと、原画マンの絵一つにどんな魂が込められているのかが込められており、アニメの現場ならではのドラマがこのエピソードには詰まっている。
辻村深月の『ハケンアニメ!』はアニメ業界で働く3人の女性、プロデューサー、監督、原画マンのそれぞれの葛藤を描いている。それぞれが主人公となる3つのエピソードで構成され、すべてのエピソードの冒頭は「どうしてアニメ業界に入ったんですか」という質問から始まるこの作品は、トラブルやつらい作業を通じてその問いに答える物語だ。わがままな監督に振り回されるプロデューサー、若手女性監督という立場でなめられながらも才能を認めさせてやろうと戦う監督、根暗な性格だが「神原画」を仕上げる天才原画マンの恋と仕事などを通じて、このつらい仕事に敢えて就く人々の想いを代弁する。
「この業界周りで働く人たちは、皆、総じて“愛”に弱い。愛だけじゃどうにもならないお金の問題が発生して揉めたり、地味な作業に地獄のように追われることになっても。この業界の人は、やっぱり、皆、総じて、愛の人だ」(『ハケンアニメ!』マガジンハウス刊、辻村深月著)
この、“愛”という当たり前すぎるテーマは、バックステージものにおいて極めて重要だ。自分たちのやっていること、自分たちの業界と作品に対する愛があること、結局のところ、人がアニメや映画などという面倒くさいものをたいして儲かりもしないのに作り続ける原動力は、なんだかんだ言って愛なのだ。これは映画もアニメでも同じことだろう。