『エウレカセブン』劇場版3部作としてなぜ今リブート? 作品のテーマと革新性を評論家が徹底解説

『エウレカセブン』徹底解説!

 映画『ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』が11月10日より公開される。本作は、2005年から2006年にかけてテレビ放送された『交響詩篇エウレカセブン』シリーズの最新作で、2017年秋より開幕した『交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』第2弾作品。監督・京田知己、脚本・佐藤大、キャラクターデザイン・吉田健一のオリジナルスタッフが集結し、さらに新メカニックのデザイナーとして、ニルヴァーシュのデザイナーである河森正治が参加している。TVシリーズにも登場する少女アネモネを主人公とし、亡き父、そしてエウレカとの関係を中心に描かれる。

 リアルサウンド映画部では10月上旬に『エウレカセブン』シリーズに関するアンケートを行い(現在は受付終了)、読者から、TVシリーズや、昨年公開された『交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション1』、『ANEMONE』を対象にコメントを募集した。今回は、そのコメントをもとに、『エウレカセブン』シリーズに精通する物語評論家・さやわか氏にインタビュー。『ハイエボ1』のリブート作品としての作り方、『ANEMONE』への期待(なおインタビューは本編完成前に実施)、シリーズを通したテーマ性や音楽との親和性について、作品解説をしてもらった。(編集部)

『エウレカセブン』の根底にあるのは、新しさへのチャレンジ

ーー『ハイエボ1』は新規カットとTVシリーズのカットが再構築された映像でした。『エウレカセブン』の新作が観られる喜びがあった一方、時間軸がシャッフルされており、読者からは「時系列が混乱する構成だった」というコメントもありました。

さやわか:この作品はカットアップ的な手法です。あえて読み切れないほどにテロップが入っていたり、情報量を過多にして、時系列も複雑にさせています。シークエンシャルな流れがある話だと思って観ると、そうではないから混乱してしまう。やっぱり『エウレカセブン』は過去のサブカルチャーや音楽が持っている技法そのものを作品に適用しているところがあり、カットアップやサンプリングも、作品の根底にある思想と繋がるように思いますね。同じ物語だけど、まったく違う見た目になるよう解体して再構築していているのが面白い。『ハイエボ1』では、やはりレイとチャールズですよね。テレビと同じ映像を使いながら、あのビームス夫婦がクローズアップされるようにするという発想がいいなと思いました。あと、前半30分のサマー・オブ・ラブはとにかく圧倒的でした。

『交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション1』

ーー『ハイエボ1』では、サマー・オブ・ラブ以前の様子が描かれました。「サマー・オブ・ラブは満点の出来」など、賞賛の声も多く届いています。

さやわか:そうですよね。劇場アニメーションでは、冒頭に派手に動くカットを配置するのは定番でもありますし、実際、その期待に十分応える出来だったと思います。映像面では、情報生命体であるコーラリアンと戦うシーンが滑らかに連動していて、アクション映画やSF映画がやるべき気持ちよさみたいなものに挑戦している。また、デザインワークもよくて、コーラリアンという異質なものとロボットとの対立が、デザインそのもので表現されています。それに対抗する手段であるシルバーボックスが花のように開くのも素敵です。動きを美しく見せるために3DCGの様々なノウハウを投入しており、「このパートは絶対にカッコよく作るしかない」というクリエイターの気概を感じました。

『交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション1』

ーー『エウレカセブン』シリーズにおいて、サマー・オブ・ラブという事象は何を象徴しているのでしょうか?

さわやか:サマー・オブ・ラブというのは、言ってみれば20世紀までに我々が現実として経験してきたような、過去の戦争を象徴するものだと僕は解釈しています。今を生きる僕らにとっては過去の出来事ではあるけど、改めて考えると、今に繋がる問題の核がここにあるんだよね、という。だから『エウレカセブン』の世界で起こっている紛争や人種差別の問題は、今観ても非常にアクチュアルなテーマだと思います。「ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん」というのも、「欲しがりません勝つまでは」と対になる言葉のようにも思えますし。しかし一方で、アドロックという人間も、過去のロボットアニメや過去の日本、世界、あるいは情報化が過度に進んでいない古き良き世界を象徴しているように思わせる。そこから前に進もう、というのが『エウレカセブン』らしさですよね。

『交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション1』

ーーそして物語としてはレイとチャールズの夫妻にスポットが当たると。

さわやか:レントンと家族になる2人が魅力的に描かれています。もともと、『エウレカセブン』は、2005年当時のロボットアニメにおいて、新しく、かつ真っ直ぐな話をやるということを出発点にしています。それが当時の意識として、とてもチャレンジングなことだった。そのかいあってTVシリーズはとても成功したので、キャラクターやストーリーそのものを好きになった人が多くいたはずで、劇場版でも同じ感覚を求めている人もいるでしょう。ただ、『エウレカセブン』という作品の根底にあるのは、新しさへチャレンジすることそのものだと思うんです。その結果、『エウレカセブン』という一つの立像を別の角度から見たらまったく違う面が見えたりするわけで、それが『ハイエボ1』では、家族というテーマや、レイとチャールズの存在なのだと思います。

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