新たな発見を与えてくれる役割に 『ムタフカズ』が照らし出すアニメーション業界の現状

『ムタフカズ』が照らすアニメ業界の現状

 セーラー服の女子学生が空を飛翔するわけでなく、四季の移ろいとともに若者の恋愛を丹念に描いていくわけでもなく、さらには巨大ロボットや怪獣やアイドルが登場するわけでもない。アニメーション映画『ムタフカズ』は、そのタイトルが「マザーファッカーズ」を意味することが予感させるように、近年の日本のアニメ文化がセールスポイントにしてきたものとは、かなりの部分で違ったものを、われわれ観客に提供してくれるアニメーション映画だ。

 貧困者たちが寄せ集まり、メキシコの犯罪はびこるゲットーのようになったアメリカ西海岸。その荒廃した都会のなかを、中国マフィアや日本のヤクザをイメージした黒服の男たちや、「カラーギャング」と呼ばれるアフリカ系ストリートギャングが闊歩する。追跡や抗争の裏にある陰謀。それを追うメキシコのプロレス“ルチャ・リブレ”の選手たち。本作の登場人物たちが生きる、このようなゴッタ煮のような街が、本作の舞台となる「D.M.C.(ダーク・ミート・シティ)」である。

 さて、そんなパワフルな街を舞台に、銃撃と血しぶきのなかをくぐり抜けてゆくスラムの少年たちの活躍を描いた奇妙なアニメーション映画『ムタフカズ』とは、一体何なのだろうか? ここでは、その制作背景と内容を追いながら、この特異な存在が、はからずも照らし出したアニメーション業界の現状について考えていきたい。

 同名の原作コミック(バンド・デシネ)『ムタフカズ』を描いたフランスのアーティスト、ギヨーム・ルナールは、フランス人プロデューサーとともに、このコミックの世界をアニメーション作品にするために動いていた。そこで白羽の矢が立ったのが、日本のアニメーション制作会社、STUDIO4℃である。

 STUDIO4℃といえば、カナダのモントリオール・ファンタジア国際映画祭でグランプリを受賞し、カルト映画として海外で評価が高い『マインド・ゲーム』(2004年)や、アメリカ出身のCGアーティスト、マイケル・アリアスを監督に、松本大洋のコミックを原作とした『鉄コン筋クリート』(2006年)など、日本のアニメーション業界のなかでも、とくに個性的で従来の型にはまらない作品を手がけてきた。このフランスの原作コミックを日本でアニメーション化するなら、「ここしかない」という選定である。

 ギヨーム・ルナールとともに共同監督を務めるのは、ベテランのアニメーター西見祥示郎だ。彼は『マインド・ゲーム』や『鉄コン筋クリート』での作画はもちろん、実写映画のアニメパートや、TVゲーム『キャサリン』などのアニメーションを担当するなど、とくにヴィジュアル・センスに優れた仕事をしている。それぞれの特性を考えると、本作の制作体制は、ギヨーム・ルナール監督が全体の統括や、作品のテーマなど核の部分を構築し、その面白さにアイディアを加えながら増幅させ、実際の演出やアニメーションとしての作画を行うのは西見監督とSTUDIO4℃が請け負うというかたちであろう。

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