村上春樹作品の映画化のポイントは“会話”にあり 『ハナレイ・ベイ』はもっとも成功した作品に?
こうして考えると、『ハナレイ・ベイ』は映画化に向いた小説である。原作に出てくる若者の会話はかなりくだけていて、実際の話し言葉に近い。「だめなら浜で野宿すればいいしとか思って」「俺たちあまり金ないし」(原作内の台詞)と話す少年たちの台詞は日常的であり、映画化した際にもごく自然に感じられた。見る前から、先述した、台詞の違和感という問題は起こらないだろうという予想があった。
今回映画化された『ハナレイ・ベイ』は、村上作品の映像化のなかではもっとも成功した部類に入るフィルムであるように思う。さまざまな時間帯のハワイを丁寧に写したショットはどれも美しい。音楽を使用せず静かなトーンが続く映画は、息子の死を経験する母親の悲しみを、決してドラマティックになりすぎずに伝えている。現地の警察官やホテルの従業員などを演じる人びとの顔つきのよさにも驚く。また、主人公役の吉田羊が読書をする場面はどれもいい。喪の途中にある母親の姿。浜辺に椅子を置いて読書する彼女をとらえるカメラは、死のあっけなさを効果的に伝えていたように思える。特別に何かが起こる物語ではない『ハナレイ・ベイ』だが(もっともショッキングな息子の死が冒頭で語られ、それ以上の事件は起こらない)、映画全体の静けさは、原作小説のエッセンスを抽出できていたのではないか。
あらためて村上作品の映像化について考えてみると、どの作品も真摯に撮られている印象を受けた。どの映画作家も、原作のニュアンスを保持しつつ、映像化する際のアイデアを加えている。安易な映像化がなく、原作と向き合っている印象を持つ。『納屋を焼く』の映画化『バーニング 劇場版』は韓国の人気監督イ・チャンドンのフィルムである。どのような作品になるのか、いまから楽しみでならない。
■伊藤聡
海外文学批評、映画批評を中心に執筆。cakesにて映画評を連載中。著書『生きる技術は名作に学べ』(ソフトバンク新書)。
■公開情報
『ハナレイ・ベイ』
全国公開中
原作:『ハナレイ・ベイ』(新潮文庫刊『東京奇譚集』)村上春樹著
脚本・監督・編集:松永大司
音楽:半野喜弘
出演:吉田羊、佐野玲於、村上虹郎、佐藤魁、栗原類
配給:HIGH BROW CINEMA
(c)2018 『ハナレイ・ベイ』製作委員会
公式サイト:http://hanaleibay-movie.jp/
『バーニング 劇場版』
2019年2月、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
監督:イ・チャンドン
出演:ユ・アイン、スティーブン・ユァン、チェン・ジョンソ
配給:ツイン
国際共同制作:NHK
2018年/韓国/カラー/148分
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