2018年、日本映画はニューフェーズへ(中編)『寝ても覚めても』『きみの鳥はうたえる』の9月

日本映画のニューフェーズ(中編)

『寝ても覚めても』の不条理

『寝ても覚めても』(c)2018 映画『寝ても覚めても』製作委員会/COMME DES CINEMAS

 対して濱口竜介は、幸福感の裏側にあるもの――「見えているもの、とは違うもの」を露呈させようと試みるタイプではないか。一見普通の、何の変哲もない世界の裏あるいは奥には、二面性どころではない複雑な現実や存在のレイヤーがある。三浦哲哉はそれを「厚み」と呼んでいるのだと思うが、ゆえに濱口の映画には、通常の認知の向こう側、こちらの知らない世界が広がっている可能性の不穏さが付きまとう(ただしこういった映画並びに表現の在り方は、差し出される裏の顔、その意外性がすでに「織り込み済み」の人もいるはずで、受け手の経験値によって印象や衝撃の度合いは結構変わってくると思う)。

 今回の『寝ても覚めても』は、ドッペルゲンガー的な同じ顔の男性ふたりという不条理めいた出会いに翻弄されるヒロインの焦燥と葛藤を描く。ファム・ファタールならぬオム・ファタール物と言うべきか。「商業映画」のデビュー作と銘打たれたものだが、しかしいかにもフィクショナルなお膳立てで性急さも含む展開のせいか、『ハッピーアワー』の長い時間をかけてことこと煮るような生成に比べると、筆者にはどこか「参照的」な方法意識が突出して見えることが多かった。不確定な宙吊り状態で嫌な予感が持続するホラーめいた前半と、恋愛の魔的な奔流を場の空間性や地形を活かしてエモーショナルに演出するクライマックス。これは「黒沢清+成瀬巳喜男(もしくは増村保造)」という旧シネフィル的な落とし込みの理解も可能ではある。

『寝ても覚めても』(c)2018 映画『寝ても覚めても』製作委員会/COMME DES CINEMAS

 ともあれ、このふたりの作家が「同軸」として共有するのは、シネフィル性を表現手段として世界の謎に挑む姿勢だ。そして当然にもいまを生きる人間として、政治性が日々の暮らしの風景に等身大の実感に基づくサイズで装填されている。また、その提示はさりげなくも結構アクセントが強い。『きみの鳥はうたえる』にチラ見えする脱原発のブックレット、『寝ても覚めても』で転換点として付与される3.11(柴崎友香の原作小説は2010年発表で、1999年から2008年までの物語)。日常とは政治である――とりわけ震災以降、我々にとって切迫した意識となったこうした新しい生活のリアリティは、筆者には「大阪芸大マンブルコア」の系譜が映し出した美点を自然に延長しているようにも見える。そう考えると佐藤泰志シリーズの最新作となった『きみの鳥はうたえる』が、『海炭市叙景』(2010年)の熊切和嘉、『そこのみにて光輝く』(2014年)の呉美保、『オーバー・フェンス』(2016年)の山下敦弘という大阪芸大組からバトンを受け取っているのは面白い。ある意味「ニュー・シネフィル」派とは、「立教ヌーヴェルヴァーグ」と「大阪芸大マンブルコア」の止揚形だという言い方(見え方)も可能になってくるかもしれない。

 以上の点を踏まえつつ、筆者が「ニュー・シネフィル」派の今後に期待したいことは(あるいは危惧とも言えるのだが)、社会との関わりの部分である。ハリウッド映画、そして日本の演劇や漫画、サブカル全般と連結した「横軸」派には、やや品に欠けるかもしれないが、映画の外界をパワフルに食い破っていく拡張力や突破力がある。「縦軸」派の品の良さが、誠実な政治性を湛えながら、結局はシネマエリートの蛸壺(象徴的に言うなら左翼的な陥穽といったところか)に収まってしまうのなら、これほどつまらないことはない。例えばいまの日本映画シーンにおいて、是枝裕和の作家的アピール力が国内外で突出しているのは、作品構造としてもコア層や煩型から批判を受けがちな「わかりやすさ」を引き受け、映画を通して社会と具体的に関わっていくことを優先的に選択しているからだと思う。(後編に続く

■森直人(もり・なおと)
映画評論家、ライター。1971年和歌山生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『21世紀/シネマX』『日本発 映画ゼロ世代』(フィルムアート社)『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「朝日新聞」「キネマ旬報」「TV Bros.」「週刊文春」「メンズノンノ」「映画秘宝」などで定期的に執筆中。

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(c)HAKODATE CINEMA IRIS

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