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最後の呼び方は「お母さん」 『半分、青い。』律と和子、そして弥一が築いた“萩尾家の軌跡”を辿る

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 『半分、青い。』(NHK総合)、第2話。カセットテープが埋め込まれた死体が喋り始めるという奇妙な話の本を読みながら、出産を待つ和子(原田知世)を見たときには、一体どんなお母さんになるのやらと不思議に思ったものだ。思えば、そんな律の出産から始まる萩尾家の物語は、作中を通じて大きな役割を担ってきた。放送から5か月近くに渡り、主人公の鈴愛(永野芽郁)の家族・楡野家はもちろんのこと、この萩尾家もまた数々のドラマを私たちに提供し、感動をもたらしてくれた家族である。そこで、そんな萩尾家の魅力を深掘りしていくとともに、その家族の軌跡を見直していこう。

 鈴愛と同じ日に生まれていながら、キャラクターが大分異なる人間として成長していった律。もちろん、そんな彼の人格形成には萩尾家の愛情の注ぎ方が影響しているのは言うまでもない。和子も弥一(谷原章介)もいつも柔和な笑みをたたえつつ、どこか品の良さを漂わせているその感じは、決して嫌味に映ることはなく、観る者をほっこりとした気持ちにさせた。そんな家族風景は、楡野家とは対照的な印象を与える。親子の間で見解の相違があったり、一悶着あっりしたときには、言い争いが絶えなかったり、家族内で上を下への大騒ぎになったりして、どこか気ぜわしい印象がある楡野家。反面、萩尾家では家族間で反目し合ったり、まして誰かが家出をしたりなどといったことはほとんどなく、いつもゆったりとした空気が流れている。

 ただ、そんな“理想的”で“完璧”のように見える萩尾家であっても、悩みを抱えてしまうときだってあったものだ。例えば、律の大学進学のとき。和子はおっとりとした雰囲気を醸しながらも、意外と固い信念を持っていて、自分が考えていることは素直に口に出す一面がある。幼少期から期待を寄せてきた律のことを、初めはベートーヴェンにしようと思っていたとか。律なら「運命」くらい簡単に作れると思っていたらしい。ベートーヴェンでなければ、グレン・グールド、いや、村上春樹でもいいのではと和子の期待は止まらない。そして、律が理系向きだと分かると、やっぱりエジソンがいいな、と。実際、律も幼少期から永久機関に興味を持っていたりして、あながち物理学の方向を目指していくのは間違っていなかった。ただ、和子の希望としては、ノーベル賞を取ってほしいという希望も念頭にあって、当初は律に東大に行ってほしかった。そのため、律が私立の西北大学に合格が決まったときもあまり乗り気ではなかった。

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