最後の呼び方は「お母さん」 『半分、青い。』律と和子、そして弥一が築いた“萩尾家の軌跡”を辿る
さて、ここ最近の放送の中で、視聴者の誰もが気にかかっていた萩尾家の“不安要素”があった。和子が抱える拡張型心筋症である。もちろん、律も弥一も和子の前ではそのことに関して、ことさらに大騒ぎしてみせたりはせず、持ち前の落ち着きをもって和子のことを見守る。ところが、そうは言ってもやはり長年付き添ってきた間柄だからであろうか。第122話では珍しく感情をあらわにしてしまう弥一の姿があった。弥一が作ったリゾットを和子に食べさせたあと、1人写真のネガを見ながら悲しみに震えてしまう。そして、思わず持っていたルーペを床に投げつける。律が初めて、和子の持病の薬を見つけたときには、「心配すんな。お父さんがついとる。律は自分のことを頑張りゃいい」と言って律を気遣った弥一であったが、それでも弥一の中では耐えかねるものがあったのだろう。弥一のそば、律のそばにいたいという和子に対して、今の自分にできることがあまりにも少なすぎることへのやるせなさ。いつもは何でも和子の期待に応えることができたのに、どうしてここにきてこんな無力感が自分を襲うのか。
そんな風にして頭を抱え込む弥一の後ろ姿を、律は偶然目の当たりにしていた。そして、そんな弥一に対して律は「ちょっと外出たらいいよ」と声をかける。この律の気遣いには、弥一的な優しさがちゃんと律に遺伝していることがよくわかる。話を聞かなくても、弥一が何に対して体を震わせているのかを、さっと読み取ってあげる。そして、本人の傷が最も浅く済むような気づかいをしてあげること。子は親の背中を見て育つと言うが、弥一が人にほどこしてあげる気配りの仕方が律には子どものころから身についていることを思い出させる。
一方、和子と弥一の2人のこうした育て方のおかげで、律は息子の翼(山城琉飛)にも同じような愛情をもって接することができるに違いないのだ。第121回では、より子(石橋静河)から厳しく算数の指導を受ける翼を思いやる一幕があった。母親の厳しさに対して、落ち込み気味になる翼を端から見つめるその視線、そしてそんな翼の頭を撫でてあげる律は、どこか昔の自分を重ね合わせていたのかもしれない。もちろん和子は、より子的な厳格さはないものの、親からある程度の期待を背負い込まされてしまっているという点では、何か思うところがあったのであろう。口には出さないものの、「無理しすぎるなよ」とでも言いたげな感じは、先に述べたような弥一の優しさを受けて育ってきたからこその振る舞いのように思える。
と、ここまで萩尾家の歴史を振り返ってきたが、“その時”は今週いよいよ訪れてしまった。
「そして、その8日後、満月の夜に和子さんは逝きました」
律が、父親と同じように和子のことを“和子さん”と呼ぶのは昔からであるが、第125回の和子と律の会話シーンでの、最後の最後の呼びかけ方は“お母さん”だった。律と言えば、和子の言葉を借りれば、「あの子は、心の真ん中のところを人に言わない」人間だった。ただ今回、彼は和子に対して、「あなたの息子で本当に、本当によかった。大好きだ。面とは向かって言えなくてごめん。ありがとう」と心の内を明かした。一視聴者として、できれば和子の温かな笑顔、そして「この、バカチンが!」という和子の物まねをもう少し見たかったという思いもある。でも、こうして和子の優しさを一身に受けて育ってきた律なら、きっと今後も幸せな人生を送れることだろう。和子さん、今後も律たちのことをどうか温かく見守ってあげてください。
(文=國重駿平)
■放送情報
NHK連続テレビ小説『半分、青い。』
平成30年4月2日(月)~9月29日(土)<全156回(予定)>
作:北川悦吏子
出演:永野芽郁、松雪泰子、滝藤賢一/佐藤健、原田知世、谷原章介/奈緒、矢本悠馬、石橋静河、余貴美子、風吹ジュン、中村雅俊、上村海成/清野菜名、志尊淳、山崎莉里那
制作統括:勝田夏子
プロデューサー:松園武大
演出:田中健二、土井祥平、橋爪紳一朗ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/hanbunaoi/