最後の呼び方は「お母さん」 『半分、青い。』律と和子、そして弥一が築いた“萩尾家の軌跡”を辿る

『半分、青い。』萩尾家の軌跡

 そんな状況の中、萩尾家で一際大きな存在感を見せたのが、弥一であった。若干、教育熱心気味なところがある和子に対して、弥一はそこから一歩下がった立ち位置から家族を見守っている。この受験のエピソードに限らず、弥一のこうしたスタンスは、萩尾家内で重要な役割を担う。楡野家の宇太郎(滝藤賢一)は、どちらかと言うと、割とひょうきんな振る舞いをしたり、調子の良いことを言ったりして家族の雰囲気を和ませる。

 反面、弥一はむしろそんな宇太郎とは違ったアプローチで家庭を温かくしていく。西北大に進むに際して、弥一は律の気持ちを汲み取り、少々納得のいっていない和子に楡野家の前で優しく説明する。「彼の心の奥底で、どこか(京大合格がかかるセンター試験から)逃げたいって気持ちがあった」とおもんぱかる弥一。続けて、「まるで、この世の全ての期待を自分が担っているよう勘違いしまして、とてもじゃないけど、滑り止めに私立を受けさせてくれと、私たちに言うことはできませんでした」と律の気持ちを代弁した。

 律の立場に理解を示しつつ、同時に和子の思いにも寄り添う。そんな弥一の優しさは決して押しつけがましくなく、気づいたときには、いつも自然とそこにあるタイプの優しさ。こういう役割は楡野家内の仙吉(中村雅俊)的であったりもする。家族のみんなから少し離れたところから全体を見渡して、悩める家族がいればお茶でも飲みながら、一息つく時間を一緒に共有する。そんな弥一がいるからこそ、和子も律も度々救われてきた。

 また、萩尾家の存在は楡野家の人々に対しても、しばしば影響をもたらす。昔に遡れば、例えば、鈴愛が漫画の世界に行きたいと言い出したとき。すでに農協への内定が決まり、晴(松雪泰子)も意気揚々としていた中で、突然に鈴愛がやっぱり農協には行かず、漫画家になりたいと言い出す。当然、晴は猛反対。鈴愛と意見が対立してしまう。そんな中、晴にそっと助言をほどこしたのは、和子だった。和子は何よりもまず、鈴愛の描いた漫画を称賛した上で、鈴愛には「才能があると思う」と断言して見せた。それでも鈴愛の耳のことが気にかかってしまう晴に対して、和子はこう告げる。「私、思うんだけど。耳のことがあるから、より心配なのは分かるけど。鈴愛ちゃんには、鈴愛ちゃんの人生があって。それで、律には律の人生があって。私たちはさ、子供が、SOSを出したときしか、もう立ち入っちゃいけないんかなって」。

 和子はこんな風に誰かに対して意見をするとき、まるで自分が金八先生みたいな説教臭さを出してしまっているのではないかと気にするときがある。でも、本人は気づいていないのかもしれないが、彼女が思う純粋でまっすぐな意見は人々の心の支えになってきた。同じ日に生まれた鈴愛と律はもちろんのこと、2人の母親である晴と和子もまた、持ちつ持たれつの関係を築き上げてきたのだ。最近の話で言えば、鈴愛が実家の店の2号店を出したいと言ったとき。またしても鈴愛と晴は対立し、晴は家出をしてしまった。そんな中、行くあてもない晴が訪れたのは萩尾家。そのときも、傍でじっくり話を聞いてくれたのは和子だった。楡野家だけでは収めきれない何かがあったとき、いつもまるごと面倒を見てくれる。楡野家と萩尾家がほとんど家族ぐるみと言ってもいいくらいに深いつながりを維持し続けることができるのも、きっと鈴愛と律が結び付けてくれた何かの縁なのかもしれない。

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