『君の名前で僕を呼んで』が綴る“楽園にいた記憶” 同性愛をテーマにした『モーリス』との違い

『君の名前で僕を呼んで』が綴る“楽園にいた記憶” 同性愛をテーマにした『モーリス』との違い

 お互いの気持ちを探り合いながら、磁石のように引き合う2人。先に気持ちを伝えることを決意するのは、若いエリオだ。一緒に散歩に出掛けた先で、エリオが告白するシーンでは、グァダニーノは劇的なシチュエーションは作らず、のどかな昼下がりの田舎の風景のなかで2人の芝居に物語を委ねる。ひたむきなエリオと、大人の分別で自分の気持ちを抑えようとするオリヴァー。2人は『モーリス』のモーリスとクライヴの関係を彷彿させるところもあるが、肉体関係まで踏み込まなかったクライヴに対して、オリヴァーはエリオと愛し合うことを選ぶ。同性愛に厳しいイギリスの堅苦しい上流社会に対して、夏の陽射しが降り注ぐイタリアの田舎は開放的で楽園のようだ。タイ出身のサヨムプー・ムックディプロームの見事なカメラが、楽園のなかで語り合い、愛し合う2人の姿を追いかける。

 これまで同性愛を題材にして数々の映画が撮られてきたが、その多くは『モーリス』のように〈禁じられた恋〉の悲しさが滲んでいた。しかし、本作は2人を迫害する者はなく、エリオの両親は2人の関係に気付きながら、エリオが成長する過程で重要な経験として受け入れる。ただひとつ問題なのは、オリヴァーがアメリカでは自分が同性愛者であることを隠していること。オリヴァーは「それを知ったら両親は僕を精神病院に送るだろう」とエリオにもらす。映画の後半、そんなオリヴァーの背景がわかることで、エリオの憧れの対象として描かれていたオリヴァーに人間味が生まれて、2人の関係に奥行きが出て来る。夏が終わると、オリヴァーは本当の自分を隠さなければいけない故郷へ帰国する。2人の楽園は期間限定。だからこそ毎日が愛おしい。2人が共に過ごす日々の一瞬一瞬のきらめきを、グァダニーノは鮮やかにフィルムに刻み込んでいく。

 やがてオリヴァーが帰国する日が近づき、2人は小旅行に出掛ける。2人が旅先で滝を見に行くシーンで主題歌「ミステリー・オブ・ラブ」が流れ、美しいメロディーに乗って「この恋はいつ終わるの」とスフィアンが歌う。幸福感と切なさが入り交じった忘れられないシーンだ。

 これまで、毎回、音楽にこだわってきたグァダニーノだが、今回のサントラも素晴らしい。スフィアンの提供した曲を核にして、ジョン・アダムスや坂本龍一といった現代の作曲家やクラシックのピアノ曲をサントラとして使用。芸術を愛するエリオ一家の雰囲気を醸し出し、物語に気品を与える一方で、ラジオからは当時のヒットソングが常に流れている。なかでも印象的なのはサイケデリック・ファーズ「Love My Way」だ。劇中で2度流れるが、この曲が流れるとオリヴァーは踊らずにはいられない。「僕のやり方で愛して」と歌われるこの曲は、本当の自分を隠し続けてきたオリヴァーにとって、メッセージソングのようなものだったのかもしれない。

 そして、映画のラストシーンでも音楽は重要な役割を果たしている。映画史に残るであろう長回しの3分間。スフィアンの「Visions of Gideon」が、悲しみに堪えるエリオに寄り添うように流れる。外はしんしんと雪が降り積もる雪景色。あの素晴らしい夏は終わってしまった。過ぎ去ってしまった美しい時間へのノスタルジックな想い。それが、本作に神聖な雰囲気をもたらしている。

 同性愛の恋人たちを描いてはいるものの、本作は愛についての普遍的な物語だ。誰かを愛する喜びと痛みが、みずみずしいタッチでスクリーンに描き出されている。そして、これは青春についての物語でもある。10代だったからこそ、エリオはその気持ちを真っ直ぐにオリヴァーに打ち明けることができたし、傷ついたことが彼の成長に繋がることが暗示されている。悲しみにくれるエリオに対して父親が語りかけるスピーチは、映画を観る若者たちへのメッセージでもある。愛した相手が異性であろうと同性であろうと関係ない。誰かを愛し愛された体験が、楽園にいた記憶が、人にとってどれだけ大切かを、この映画が教えてくれるだろう。

■村尾泰郎
ロック/映画ライター。『ミュージック・マガジン』『CDジャーナル』『CULÉL』『OCEANS』などで音楽や映画について執筆中。『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』『はじまりのうた』『アメリカン・ハッスル』など映画パンフレットにも寄稿。監修を手掛けた書籍に『USオルタナティヴ・ロック 1978-1999』(シンコーミュージック)などがある。

■公開情報
『君の名前で僕を呼んで』
TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中
監督:ルカ・グァダニーノ
脚色:ジェームズ・アイヴォリー
原作:アンドレ・アシマン
出演:ティモシー・シャラメ、アーミー・ハマー、マイケル・スタールバーグ、アミラ・カサールほか
原題:Call Me By Your Name
提供:カルチュア・パブリッシャーズ/ファントム・フィルム
配給:ファントム・フィルム
(c)Frenesy, La Cinefacture
公式サイト:cmbyn-movie.jp

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる