志尊淳主演ドラマ『女子的生活』を見逃すな! 重要なのは“性別”ではなく、“生き方”そのもの

志尊淳主演ドラマ『女子的生活』を見逃すな! 重要なのは“性別”ではなく、“生き方”そのもの

 「世間が、ゆるさないからな」という言葉に対して、「世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?」、「そんな事をすると、世間からひどいめに逢うぞ」という言葉に対して、「世間じゃない。あなたでしょう?」、「いまに世間から葬られる」、「世間じゃない。葬るのは、あなたでしょう?」、「汝は、汝個人のおそろしさ、怪奇、悪辣、古狸性、妖婆性を知れ!」と書いたのは、太宰治だったか(『人間失格』)。

 全4回と短い作品ではあるものの、NHKで放送中のドラマ『女子的生活』(金曜22:00~)が、とても面白い。回を越すごとに、どんどん面白くなっている。というか、その痛快ポップなガールズ・ストーリー然としたルックの内実に潜む、主人公の「自分らしさ」をめぐる「世間」との攻防に、思わず引き込まれている自分がいる。主人公がトランスジェンダーということで、当初これは、多様化する性の在り方をめぐる、一種の啓蒙的なドラマかと思っていた。否、もちろん、その側面も大いにあるのだろう。しかし、本作の面白さの肝は、実はその「闘い」の部分にあるような気がしてならないのだ。

 放送開始前から話題となっていたように、このドラマで最初に目につくのは、「イマドキ女子」の立ち居振る舞いを、化粧から髪型、ファッション、所作や嗜好性に至るまで見事に体現する、志尊淳の艶やかな姿だった。彼が演じる本作の主人公「みき」は、いわゆる「トランスジェンダー」である。すなわち、生まれたときの体の性別とは異なる生き方をする人物だ。

 昨今、「LGBT」と一括りにされがちな「トランスジェンダー」という言葉。けれども、先日10年ぶりに改訂された『広辞苑』の「LGBT」に関する誤表記がネットで指摘され、版元である岩波書店もそれを認めたように、「レズビアン(女性同性愛者)」、「ゲイ(男性同性愛者)」、「バイセクシュアル(両性愛者)」といった「性的指向」の概念とは異なり、「トランスジェンダー」は、あくまでも「性自認」の概念であり、その「性的指向」を意味するものではない。よって、その「性的指向」は、人それぞれ。本作の主人公「みき」も、性別は男性であり、見た目は女子でありながらも、好きになるのは基本的に女性という、やや「複雑な」人物として描かれている。

 「うちの服が似合うなら、性別なんて結果オーライってことで(笑)」という上司の単純な考えによって、幸運にも、そのままの姿でファストファッション会社に就職することのできた「みき(志尊淳)」は、同期の「かおり(玉井詩織)」、先輩の「仲村さん(玄理)」らと、日々ガールズ・トークを繰り広げながら、その「女子的生活」を満喫している。そんな彼女の家に、高校の同級生だった「後藤(町田啓太)」が転がり込んでくるところから、物語は本格的に動き始める。高校時代とは見違える「みき(幹生)」の姿に、当初は戸惑う後藤だが、同棲していた彼女の部屋から訳あって逃げ出し、頼れる知人もお金も持ち合わせていない彼は、持ち前の愛嬌と押しの強さで、嫌がるみきに頼み込んで、彼女の部屋に居ついてしまうのだった。

 好奇心の赴くままにぶしつけな質問をしながら、ときおり「アウト」な物言いでみきを激怒させつつも、めげることなく無邪気に接してくる後藤。そのてらいのない素直さに、クール&ドライを標榜するみきは、少しだけ混乱する。みきは、長い葛藤の果てに自ら「女性」になることを決断した人間であるがゆえ、女であること/男であることに、無自覚な人々が無性に気に掛かる性分なのだ。しかし、後藤はどうも勝手が違う。無自覚なのに、聴く耳を持って学習するのだ。彼は、クール&ドライの奥底にある、みきの柔らかな感情を無自覚のまま刺激する。繰り返しになるけれど、みきは、自らの在り方や立ち居振る舞い、言動に関して無自覚な人間が大嫌いである。しかし、無闇には対立しない。傷つくのは自分だから。その代わり彼女は、それらの人々に、冷ややかな心理戦を挑みながら、その「セクシャリティ」も含む、彼/彼女たちの「アイデンティティー」を、ちょっとだけ揺らがせるのだ。それは、彼女のささやかな楽しみであると同時に、彼女が彼女であり続けるための「闘い方」でもある。そう、いたずらに「世間」を持ち出すような人々に、それは「世間」ではなく「あなた自身なのだ」と気づかせること。それがみきの「闘い方」なのだ。

 ある種の心理戦でもある、その「バトル」の有様が、毎回細やかに描かれている点が、このドラマの何よりも面白いところだろう。初回は、合コンでみきが出会った、セレクトショップ勤務の女の子「ゆい(小芝風花)」。みきは、会話の端々で「女同士の闘い」を彼女に仕掛け始める。けれども、その「バトル」の行き着く先が、必ずしも「勝ち/負け」に終わらないところが、このドラマのユニークなところであり、みきという人間の魅力的なところである。というのも、ゆいの予想外の反撃と聡明さにいつしか惹きつけられ、最終的にみきはホテルの一室で、ゆいとともに朝を迎えてしまうのだから。えっ?

 第2回で対峙したのは、みきと後藤の同級生であり、現在は会社をリストラされ、引きこもり気味のニートとなっている高山田(中島広稀)という男だった。後藤から話を聞いて、なぜか現在のみきに興味をもったらしい高山田。しかし、実際に会った彼は、後藤以上にぶしつけな言葉と失礼な態度で、みきを執拗に敵視する。それを腹立たしく思いながら、やがてみきは、「うつ病」を気取る彼のなかにある「ねじれた自意識」と、抑圧された「欲望」の存在を看破するのだった。そして、みきによって仕上げられた女装姿の高山田と、みき、そして後藤という同級生3人で、夜の商店街を徘徊するという、予想外のエンディング。驚くことに、それはまるで青春映画のような爽やかさを打ち放っていたのだった。何だ、このドラマは。堪らないじゃないか。

みんなのレビュー

志尊淳さんが本当に綺麗。『アンナチュラル』と同じ時間帯なので、どっちを観るか迷っている人も多そう。あと2回で終わりなんて残念です。昨年の『この声をきみに』といい、NHKドラマ10枠は良作が多いですね。

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