『ドクター・ストレンジ』はぶっとべる一発だ! サイケ・トリップ映画としての圧倒的おもしろさ
『ファンタスティック・ビースト』という魔法大作シリーズの最新作の後に、今度はマーベル・シネマティック・ユニバースから魔法使いスーパーヒーローが登場! と一気に21世紀幻魔大戦の様相を呈してきました。『ファンタスティック・ビースト』では様々な魔法動物が登場するなど、新たな魔法世界のイメージを提示した一方で、魔法そのものの描写にはどうしても限界を感じさせられました。魔法という概念の作品内での説明も、映画の中では詳細を省いています。もちろん、これには神秘性を保つという意図もあるのでしょうが、結果的には“魔法使い同士がカメハメ波を撃ち合って破壊活動にいそしむ”という分かり易さに落ち着いてしまいました。(参考:『ファンタビ』の魔法使いは強すぎる!? ダースレイダーが“魔法のあり方”を考える)
『ドクター・ストレンジ』ではどうなのか? 結論から言ってしまえば、仰天のアトラクションとしての魔法イメージが全面的に炸裂します。スタート直後の戦闘シーンで、この世界における魔法及び魔法使い同士の対決はこうだ! とこれでもかと見せつけてくれるのです。ここでわーっと歓声が上がった人には、その後圧倒的に楽しい2時間が約束されます。 また、傲慢で野心家な天才外科医スティーヴン・ストレンジが、全てを失うことにより魔法習得の道が開かれ、ヒーローとして復活するという、マーベルのスーパーヒーローもの鉄板のドラマとしてもきっちり作られていて抜かりがありません。
観客に魔法を体験させるキーワードの一つが“サイケ”です。冒頭、主人公ストレンジが運命の瞬間を迎える場面、轟音と共に鳴るのはピンク・フロイドの「インターステラー・オーバードライブ」。世界でもっとも有名なロックバンドであるピンク・フロイドに、サイケな天才・シド・バレットが在籍していた初期の名作です。 このイントロがかなり大きな音量で鳴りだすことで、スティーヴン・ストレンジも観客もサイケな世界へと引きずり込まれていく事になります。ピンク・フロイドはアルバム『神秘』のジャケや『モア』収録の「シンバランン」の歌詞にもドクター・ストレンジを登場させているので、作品世界への案内役としては適任。 この映画で音楽は非常に巧に使われていて、例えば手術中のストレンジのマニアックな音楽趣味を見せることで彼の異様さ、天才ゆえの独特の視点が説明されます。一方、ストレンジにはミーハーな面もあり、図書館でのビヨンセギャグは爆笑必至でしょう。
魔法のイメージは、修行シーンを通して伝えられます。ストレンジは師であるエインシェント・ワンによって出合い頭に「多元宇宙」に吹っ飛ばされますが、このジェットコースター感はかなり新鮮でいて、70年代サイケからニューエイジなどに繋がるイメージのアップデートでもあります。当時、こうした映像技術があったら、こちらの世界に戻ってこない人が続出したのではないでしょうか? 問答無用に魔法という存在を見せつけられた後、修行によってその力を身に着けコントロールしていく。主人公と観客は同じ感覚で事の推移を味わっていきます。修行の場がネパールの「カーマ・タージ」という寺院のような場所なのも、感覚への刺激にはぴったりです。手足を動かして印を結び、魔力を発動するヴィジュアルもカッコイイ。魔力を帯びた道具も面白いものばかりで、ドクター・ストレンジの、特徴的なマントとの出会いも素敵です。
「多元宇宙」の描き方もとにかくサイケデリックです。人知や倫理を越えた「暗黒次元」や、全てが現実世界の鏡写しになっていて暗黒の力が支配する「ミラー次元」、いわゆる幽体離脱な「アストラル体」などネーミングも楽しいものばかり。現実世界に被害を与えずに暗黒の力によって空間を操りながら戦いが行われるミラー次元は、かつての『宇宙刑事ギャバン』で登場したマクー空間を思わせます。マクー空間も時空が地球の正反対にゆがんだ空間で怪物のパワーが3倍になります。『ギャバン』で少年たちをわくわくさせたあのマクー空間が最新技術によって甦った!という喜びも世代によっては味わえると思います。