松江哲明の『狂い咲きサンダーロード』評:画質とともに志もクリアに見えたデジタル・リマスター

松江哲明の『狂い咲きサンダーロード』評

いまはもう撮ることができない“ヤバい”映画

 しかも、監督はわずか22歳にして卒業制作としてこの作品を撮ったというのだから、驚くべきことです。いま見ても技術的に凄くて、よくこんなカットが撮れたなと感心するところが多々ありますし、物語の構成も良いし、編集も見事。22歳でこれほどの映画を撮ったというのは、世界的に見ても非常に珍しいことです。そのことも、若者に刺激を与える一要因となっているはず。実際、山田辰夫さんの仁というキャラクターは、当時の石井監督に重なる部分もあるんじゃないですかね。志の高さだけじゃなく、実行力も飛び抜けているっていう。この頃は撮影所システムが崩壊していて、学生映画を作らなければ映画界が成り立たないような状況だったからこそ生まれた作品で、奇跡的な一本ともいえます。これと同じことは、もう二度とできないでしょう。

 計らずしてか、時代を映してしまっているのもこの映画の面白いところ。今回、久しぶりに見直して気づいたのは、最後に仲間になるのが社会からドロップアウトした人たちなんですよね。なにかの組織に属した人たちと、ドロップアウトした人たちが戦う映画で、片腕でブレーキなしのオートバイで突っ走るシーンなど、たまらないものがあります。自滅的な美しさというか、映画の中でしか成立しないロマンを描いていて。いまの社会では、ルールから逸脱した人を徹底的に攻撃する風潮があって、仁みたいな人は馬鹿にされがちです。でも、この時代ではそれが最高のヒーローに成り得たってことを、映画の中でちゃんと描いているんですよ。

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 あと、Blu-rayで観てびっくりしたのが、冒頭のオートバイの装飾がアルミホイル感まる出しだったりするんですよ(笑)。でも、それがアラとして見えるのではなくて、むしろ「よくこんな工夫をしたな」って、志が見えてグッとくる。画質がクリアになったことで、志もよりクリアに見えたというかね。オートバイの撮影とか、本気でやっているようにしか見えない乱闘とか、仁が連続でガラス割るシーンとか、全部が生々しく映っています。監督も含め、みんなの無軌道さがそのまま記録されていて、ドキュメンタリー的な何かさえ掴んでしまっているんですよ。

 ゲリラ的な撮影も含め、いまなら問題になってもおかしくないシーンがたくさんあって、そういう意味でももう撮れない作品。映画って、やっちゃいけないことをやらなければいけない瞬間があるんですよ。映画のためなら何やっても許されるわけではないけれど、そういう気持ちで映画を撮る監督がいなくなったことで、なにかを失ったということは言えると思います。倫理観は時代とともに変わるから、そういうことをやって良いとはもはや言えないけれど、ギリギリの映像を撮る高揚感は、映画監督なら誰しもが知っているはずです。

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 タイムリーなところでいうと、『ラストタンゴ・イン・パリ』(72年)の演出手法について批判が巻き起こっています。現在の倫理観に照らしていろんな意見があるべきだと思うけれど、もともと罪深い映画ではあって、そういう作品はほかにもたくさんあります。ひとつ言えるのは、映画監督なら誰しもが同じような後ろめたさを持っているはずです。少なくとも僕はベルナルド・ベルトルッチを責めることはできません。リアルなシーンを撮るために、役者に詳細を伝えないことはあるわけで、映画は誰かを傷つける可能性を常に孕んでいるんです。とても恐いことなんです、映画制作は。感情を操作して演技もするし、危険なことをおかしてカメラを回すんです。例えばドキュメンタリーを撮っていても、「映画なんてどうでもいい」と考えている人を映さなきゃいけない時があるんです。カメラを回すということは紛れもなく加害です。それでも僕は作品に必要だと思った時は撮ってきましたし、自作で「誰も傷つけていない」とは言い切れません。これからもそうするでしょう。現に撮影がきっかけで絶縁したり、疎遠になった人もいます。『狂い咲きサンダーロード』は多分にヤバいものを含んでいて、だからこそ面白く、いまも輝いている作品なんだと思います。

ファンが育てた『狂い咲きサンダーロード』

 クラウドファンディングの公募は、あっという間に目標金額を達成したわけですが、それも当然でしょう。だって、単純にこの映画に自分が関われるのは嬉しいですよ。人生の一本になりうる作品ですし、孤独を抱えた人たちにとって、居場所を求めて観にいく作品ですからね。この映画は未来にも残さなきゃいけないんです。

 孤独を解消する方法って、人それぞれなのかもしれないけれど、僕は映画以外にないから、本作に熱狂する方々の気持ちはすごくわかります。なぜかこの映画には答えがあるんです。特別なものを掴んでいるんだと思います。僕の個人的な考えとしては、最後の仁さんの微笑みなのかなって。「あ、俺がいる」って思っちゃいます(笑)。

 今回のデジタルリマスターは、フィルムのフィルムらしさがより強調されていて、デジタルの技術でアナログが復活する面白さも味わえます。16ミリフィルムとBlu-rayって、実は相性が良いんだなってこともわかる。

 『狂い咲きサンダーロード』はまさにファンが育てた作品で、『映画秘宝』の特集や限定上映などで取り上げられたことで、今日の評価に繋がっていったんだと思います。その最新版が今回の再上映で、本当に良い機会なので、ぜひとも観てほしいですね。

(取材・構成=松田広宣)

■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』の監督を山下敦弘とともに務める。2017年1月6日より『山田孝之のカンヌ映画祭』がテレビ東京・テレビ大阪(毎週金曜 深0:52~1:23)にて放送予定。

■公開情報
『狂い咲きサンダーロード』オリジナルネガ・リマスター版
12月10日(土)よりシネマート新宿にて復活上映
Blu-ray価格:4,800円 (税抜)発売中
製作:小林紘、秋田光彦
脚本:石井聰亙、秋田光彦、平柳益実
撮影:笠松則通
音楽:泉谷しげる、パンタ&ハル、THE MODS
出演:山田辰夫、小島正資、中島陽典、劇団GAYA、南条弘二、小林稔侍ほか
1980年/color/96分/日本語モノラル/16:9ビスタ
狂映舎=ダイナマイトプロ
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