エラリー・クイーン「国名シリーズ」の誤情報が日本のミステリに与えた影響ーー有栖川有栖の最新作から考える

■有栖川有栖の長篇『日本扇の謎』との関連性

有栖川有栖『日本扇の謎』(講談社ノベルス)

  もう1作は、8月に刊行された有栖川有栖の長篇『日本扇の謎』(講談社ノベルス)である。著者の「臨床犯罪学者・火村英生シリーズ」には、クイーンの「国名シリーズ」を意識したタイトルの作品群(『スウェーデン館の謎』『スイス時計の謎』など)が含まれているけれども、『日本扇の謎』が、既に触れた“The Japanese Fan Mystery”という実在しない原題を踏まえたタイトルであることは言うまでもない。

  京都府舞鶴市の布引浜で、記憶喪失だという若い男が発見された。スマートフォンも財布も持っておらず、身元の手掛かりになりそうなのは1本の扇のみだったので「オウギさん」という仮名で呼ばれることになった。やがて彼の身元は判明したが、今度は京都市内にある彼の実家で密室殺人事件が起こり、彼は再び姿を消してしまう。

  本作は“The Japanese Fan Mystery”という実在しない原題のみならず、“The Door Between”という『境界の扉 日本カシドリの秘密』の実際の原題をも踏まえているようだ。というのも、殺人の現場となった豪邸「玄武亭」は、先代の弟一家の住居と隣り合っており、2つの邸は木戸がある生垣によって隔てられているという設定だし、物語の中盤以降でも別の扉が重要な役割を果たすからだ。

  この密室殺人では、被害者に対して事件関係者の誰も殺意を抱いていた様子が見られないし、「オウギさん」の記憶喪失が事件にどう関係しているのかも一向に見えてこない。物語の終盤近くなっても、事件の全体像は極めて曖昧模糊としているのである。演繹的推理が困難なこの謎に対し、火村は彼らしからぬとも言える、少々珍しい推理方法で解決に到達してみせる。「臨床犯罪学者・火村英生シリーズ」では場合に応じて火村が異なるタイプの推理を披露するが、本作はその中でも異色の試みと言えそうだ。何ともやりきれない気分になる真相も印象深い。

  因みに、「ニッポンカチコミの謎」も『日本扇の謎』もタイトル先行で、それに合わせて事件のシチュエーションを考えた点は共通しているらしく、その意味でも“The Door Between”の旧邦題の呪縛力は大きかったと言えそうだ。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「書評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる