連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2024年4月のベスト国内ミステリ小説
今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。
事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は四月刊の作品から。
野村ななみの一冊:米澤穂信『冬期限定ボンボンショコラ事件』(創元推理文庫)
高校生の小鳩くん、小佐内さんが主人公の〈小市民〉シリーズ、4年ぶりの最新刊にして、四部作の完結篇である。なんと序盤で小鳩くんは轢き逃げに遭い、大怪我を負って入院。事故が3年前のものと酷似していることに気づいた小鳩くんは、ベッドの上で動けないまま過去——中学生時代に小佐内さんと出会うきっかけとなった事件を回想する(ようやく二人の出会いが明らかに!)。過去軸と現在軸が交互に進み、二つの事件が重なっていく。苦味は残るけれど、幕引きは完璧である。寂しさを感じつつ、今は二人の未来にエールを送りたい。
若林踏の一冊:歌野晶午『それは令和のことでした、』(祥伝社)
令和の時代を映す様々な事象を題材にした連作短編集である。こう書くと社会問題を告発する小説ばかりが収められている様に思われるかもしれないが、ちょっと違う。予想の斜め上を行く展開で緊張感を煽り、思わぬタイミングで謎解きの要素を盛り込み驚かせ、思い込みを利用した大仕掛けで唖然とさせる。あらゆる手管で読者を徹底的に騙す作家、歌野正午の技巧が余すところなく詰め込まれた作品集なのだ。収録作の「彼の名は」と「無実が二人を分かつまで」は、近年書かれた短編ミステリの中でも指折りのフィニッシング・ストロークが待つ。
橋本輝幸の一冊:真藤順丈『ジョジョの奇妙な冒険 無限の王』(集英社)
荒木飛呂彦のマンガ『ジョジョの奇妙な冒険』の余白を想像して、小説として書く。過去に乙一、舞城王太郎、上遠野浩平、西尾維新も挑んだ仕事だが、本書はとりわけ挑戦的である。
舞台は南米、登場人物の大半は原作に登場しない。恐怖、残酷、犯罪、困難の克服と人間讃歌といったジョジョシリーズの醍醐味を継承する一方、ネーミングやセリフはジョジョらしくない。本書はきわめてオリジナルな伝奇ロマンなのだ。原作の解釈や活用は見事だが、ジョジョファンだけのものにしておくのは惜しい。濃密で奇妙な冒険小説を求める人も必読。
千街晶之の一冊:歌野晶午『それは令和のことでした、』(祥伝社)
四月のベストは米澤穂信『冬期限定ボンボンショコラ事件』とどちらにするか迷ったが、新本格一期生・歌野晶午の本領発揮作『それは令和のことでした、』を選んだ。昔話の語り出しめいたタイトルから窺える通り、令和の世相を背景とする悲喜劇を、まるで令和の時代の人間が昭和を振り返る時のように辛辣な筆致で描きつつ(その意味ではミステリ小説版『不適切にもほどがある!』だとも言える)、それぞれにどんでん返しを仕掛けた短篇集だ。著者の作品としては『正月十一日、鏡殺し』の印象に近い、切れ味鋭くブラックな作風が楽しめる。