芸人・井上マーに聞く「サッカー本大賞2024」の魅力「サッカーを軸に人生の大切なことがわかってしまう」

今年の大賞作はどれになる? 2024年4月24日に発表!

  第11回サッカー本大賞2024が今年もやってきた。

  2023年に発売された数あるサッカー本のなかから選考委員によって選ばれた候補作となる優秀作品11作は、2022年カタールワールドカップ後に刊行されたことで、試合分析から世界最先端の戦術・理論といったトレンド、そして選手や監督たち自身の言葉など、今年のサッカー本大賞は例年以上に興味が尽きない。明日4月24日には、5年ぶりに授賞式が開催。優秀賞が決定され、表彰式と各賞の発表が行われる。

  今回はサッカー本大賞の受賞発表を前に、サッカーへの造詣が深く、今回のサッカー本大賞の授賞式の司会を務めるお笑い芸人の井上マーさんに、サッカー本の魅力や今回の優秀作についてお話を伺った。(インタビュー・構成 すずきたけし)

■サッカー本の魅力とは

――サッカー本はスポーツであるサッカーを文章、活字から眺めるということで観戦するときとはサッカーの受け取り方がだいぶ違うものになると思いますが、マーさんご自身にとって「サッカーを読む」魅力をどのあたりに感じていますか。

井上:例えばサッカーの歴史に残る名シーンでも 書き手の皆さんの解釈とか見る角度、お立場とかによって切り取り方も違っていたり、そこに新しい発見があったりとか、書く人なりの見方とか情緒的な部分も感じられたりするところがとても魅力的だと思います。あと、いろいろなテーマがあって、小説もあれば歴史を知ることができる本だったり、外国の文化を知ることができたり、そういったものがサッカーを通してスッと入ってくるところですね。あまり普段難しい本とか読める方じゃないんですけど、サッカー本ってとにかく情報量が多いですし、なかには結構ハードなやつもあるんですけど、サッカーが好きだから興味持って読むことができるのがサッカー本の魅力だと思います。

――たしかにマーさんが言われたとおり、哲学とか教育とか、文化、特に海外だと社会情勢までもがサッカーを軸にして触れられるというのはサッカー本にはありますね。
今回のサッカー本大賞2024の優秀作11作品も幅広いテーマで選ばれていまして、大きく「自伝・評伝系」、「社会・文化論系」、そして「戦術・理論系」の三つに分けられると思います。今回のサッカー本大賞優秀作11作品のなかでマーさんが強く印象に残った本はありますか?

井上:今回は本当に11作11様な感じで。全部に魅力があって迷ってしまう質問なんで11作品全部を喋りたいんですけど(笑)

――では全部触れていきましょう!

■人物・評伝系作品

『オシムの遺産(レガシー) 彼らに授けたもうひとつの言葉』(島沢優子:著/竹書房)

『サッカー監督の決断と采配-傷だらけの名将たち-』(ひぐらしなつ:著/エクスナレッジ)

『それでも前を向く』(宮市亮:著/朝日新聞出版)

『スタジアムの神と悪魔――サッカー外伝・〔改訂増補版〕』(エドゥアルド・ガレアーノ:著、飯島みどり:訳/木星社)

『聞く、伝える、考える。 私がサッカーから学び 人を育てる上で貫いたこと』(今西和男:著/アスリートマガジン)

『もえるバトレニ モドリッチと仲間たちの夢のカタール大冒険譚』
(長束恭行:著/ソル・メディア)

『オシムの遺産(レガシー) 彼らに授けたもうひとつの言葉』(島沢優子:著/竹書房)

井上:まず『オシムの遺産(レガシー)』ですね。みんなが知ってる物語を違った角度から見られてどこ切り取ってるのか、誰の言葉なのかとかっていうところが面白いですし、これはあと100冊ぐらいできるでしょうね。だって、出会った人が全部名言持ってるし、全部新しいじゃないですか。何人に対して何箇所にエピソードを生み落としてんだっていうね。

――たしかにオシムさんに出会った人がみんながオシムさんに影響されてますね。

井上:“オシム亭”ですよ。お弟子さんたちがいっぱい活躍しているんですよ。あと、ひぐらしなつさんの『サッカー監督の決断と采配』はJ2とかカテゴリーを飛び越えて、サッカーファンだったら知ってる名将たちの思いを知ることができますよね。指導者論のみならず教育論だったりとか、人材育成論だったり、やっぱり人の魅力を上手に描いてあって、ちょうど桜の季節で歩きながら外で読んでたんでよりじんわりと心に染みちゃいましたね。やっぱりこういう本を読むとサッカー好きはポジティブになれますね。

『サッカー監督の決断と采配-傷だらけの名将たち-』(ひぐらしなつ:著/エクスナレッジ)

――(『サッカー監督の決断と采配』では)栃木SCの監督でもあった田坂監督についても書かれていて、泣かせてくれましたね(井上マーさんとインタビュアーのすずきはともに栃木県出身)

井上:そうですね本当に。田坂監督のあの男気とバイタリティは、やっぱり男なら付いて行きたくなっちゃいますよね。あと僕は吉田謙監督(現ブラウブリッツ秋田監督)がすごい好きなんで、吉田監督の熱さが滲み出てくる様なエピソードはよかったですね。

  宮市さんの『それでも前を向く』はタイトル通りの内容っていうのは予想できたんです。でも実はアーセナルからオランダへ行ってドイツへ行って、その現地でのサッカー人同士のエピソードがすごく良くて。意外と宮市さんの情報ってあんまり入ってこなかったようなところあるじゃないですか。でも、実はウィガン(当時イングランドプレミアリーグ、現在は同EFLリーグ1)に行ったときに今のポルトガル代表監督(ロベルト・マルティネス 2016年〜2022年ベルギー代表監督、現ポルトガル代表監督)と一緒にやってたとか、日本人選手同士の話とか、そういうところがぐいぐい読めてすごく面白かったですね。

『それでも前を向く』(宮市亮:著/朝日新聞出版)

――これまでプレーや試合後のインタビューでしかわからなかった選手のことが文章という形で選手自身が振り返ってくれることは自伝のサッカー本の魅力のひとつですね。

井上:ですよね。あと、ケガに対して選手ってこういうふうに思うんだとか、不安を感じたりとか、こういうところに希望を見出して、こんなのが支えになって頑張れるんだとか、それが本人の言葉でとても細かく書かれていて、これはスポーツ記事やサッカーライターさんのものでは読めなかったり、分析者の本にはない魅力なので、それはそれでグッとくるものがありますよね。

『スタジアムの神と悪魔――サッカー外伝・〔改訂増補版〕』(エドゥアルド・ガレアーノ:著、飯島みどり:訳/木星社)

井上:ほかにも『スタジアムの神と悪魔』は短いエピソードがたくさんあって面白く読ませていただきました。あとは今西和男さんの『聞く、伝える、考える。』ですよ。広島に関係した人みんな今西さん今西さんって言うじゃないですか、なるほど今西さん!って思いましたね(笑)。

『聞く、伝える、考える。 私がサッカーから学び 人を育てる上で貫いたこと』(今西和男:著/アスリートマガジン)

――今回は今西さんの本とあわせて森保さんの本もありますから(森保監督は現役時代サンフレッチェ広島でプレー、2012年から2017年まで同クラブの監督を務めた)。

『もえるバトレニ モドリッチと仲間たちの夢のカタール大冒険譚』 (長束恭行:著/ソル・メディア)

井上:そして『もえるバトレニ』ですよ。僕はモドリッチがすごく好きなんですよ。モドリッチって魅力的じゃないですか。プレーもすごいし、僕もちっちゃいので、ちっちゃいアタッカーがすごく格好いいなーって思うんですけど、この本ではクロアチア代表の選手たちのキャラクターまで見えてくるわけですよ。『もえるバトレニ』を読み終わったら全員が「キン肉マン」の超人みたいに見えてきますよ(笑)。

――サブタイトルが「夢のカタール大冒険譚」ですし

井上:なんか愛しいというかね、優しいやつから無頼漢までいろんなキャラクターがいて、モドリッチの後継者と言われるロブロ・マイェルと長束さんとの交流っていうのも、向こうに渡った人しかわからないようなものだったりとか、やっぱり人間として選手が見えてくるというのが面白いですね。次に試合でクロアチア代表を見るときには好きになっているからまたサッカーの世界が広がるなって思うんですよね。

■戦術・理論系作品

『戦術リストランテVII 「デジタル化」したサッカーの未来』(西部謙司/ソル・メディア)

『モダンサッカー3.0 「ポジショナルプレー」から「ファンクショナルプレー」へ』
(アレッサンドロ・ビットリオ・フォルミサーノ、片野道郎:著/ソル・メディア)

『フットボールヴィセラルトレーニング 無意識下でのプレーを覚醒させる先鋭理論[導入編/実践編』(ヘルマン・カスターニョス:著、進藤正幸:監、結城康平:訳/カンゼン)

『森保ストラテジー サッカー最強国撃破への長き物語』(五百蔵容:著/星海社)

『戦術リストランテVII 「デジタル化」したサッカーの未来』(西部謙司/ソル・メディア)

井上:西部謙司さんの『戦術リストランテVII』は、相変わらずわかりやすいというか、話しかけるように書いてくださって非常に読みやすいシリーズだし、毎年読んでいると(戦術の)トレンドとか移り変わりが響いてきて、そういう良さはありましたよね。サッカーの戦術本見てると、途中で一回本を閉じてサッカーゲームをやりたくなっちゃうんですよね。本で読んだ戦術を試したくなっちゃって(笑)。そういうつながりもすごく楽しいですね。

――戦術理論系の本ではサッカーのトレンドの変化がよくわかりますよね。優秀作の中では『モダンサッカー3.0 』ですとか『フットボールヴィセラルトレーニング』などを読んでみると、共に「反射」がキーワードで、無意識の反射と神経学みたいな部分がトレンドなんだってわかってきます。

『モダンサッカー3.0 「ポジショナルプレー」から「ファンクショナルプレー」へ』(アレッサンドロ・ビットリオ・フォルミサーノ、片野道郎:著/ソル・メディア)
『フットボールヴィセラルトレーニング 無意識下でのプレーを覚醒させる先鋭理論[導入編』(ヘルマン・カスターニョス:著、進藤正幸:監、結城康平:訳/カンゼン)
『フットボールヴィセラルトレーニング 無意識下でのプレーを覚醒させる先鋭理論[実践編』(ヘルマン・カスターニョス:著、進藤正幸:監、結城康平:訳/カンゼン)

井上:『モダンサッカー3.0 』も面白かったですね。反射の部分とかって私はちょっとお笑いの感じにも近いと思ったりして、サッカーファンならずともサッカーやってない人でも興味持って読めるんじゃないかなって思いますね。だから、僕はサッカーゲームとかも反射でいいんだと思って本能でやってますよ。ヴィセラルトレーニングとかモダンサッカー3.0とか言ってるのに私は0.5に戻ってるんじゃないかなって思うときありますけども(笑)。

  けど不思議とサッカーゲームがちょっと成績上がってきてるんですよね。やっぱり深い本を読んだ時間に自分がベットしたっていうのを無駄にしたくないからゲームでも頑張るでしょそこは。

――ゲーゲンプレスとか当たり前にやっちゃったりして。

『森保ストラテジー サッカー最強国撃破への長き物語』(五百蔵容:著/星海社)

井上:そうですよ本当に。中央密集のショートパス、ゲーゲンプレス、カウンター上等で(笑)あと森保さんの『森保ストラテジー』の本もよかったなー。カタールW杯の時の試合展開や采配が全部書いてあって、この本を読むとまたあの時の試合を90分フルで見たくなっちゃいますね。

  森保監督論っていうのも人によってはいろいろあるのでしょうけど、やっぱり僕は森保さん大好きなんで読んでてすごく嬉しかったですね。

――最後のあとがきには、今後の森保監督について“「戦術家・森保一」の爆誕もありえないことではない”と書かれていました。

井上:でも、今回の優秀作全部がこの本の中で一本背骨として通ってるっていう感じがしますよね。監督は監督で、その先の技術は選手でとか、それっていま問題になってるじゃないですか。選手に細かい指示を出していないんじゃないかとかの議論ってよくあるじゃないですか。明らかにおかしいのになんで森保監督は直さないんだ、何もわかってない!みたいなこと言われてるじゃないですか。いや、いやいや、Jリーグであんなに優勝してる人がわからんわけないでしょみたいなね。と、僕は素人なりに思ったりもするんですけど、この本を読むと選手に任して、それこそヴィゼラル(直感的)な感覚で進化していく部分もやられてるのかなーなんて、そんなことを自分の中でつなげたりとか考えて、サッカー本を読むと楽しいですよね。

――リアルタイムで試合を楽しむのもいいですけど、過去の試合を戦術本や監督の検証本を読んでから改めて試合を見るのも楽しいですね。

井上:そうですね。僕もあまりわからないんですけど、こういうふうにやってるんだっていう選手や監督の考え方を見るのがまた面白かったりしますよね。

■社会・文化論系作品

『ドイツサッカー文化論(須田芳正、福岡正高、杉崎達哉、福士徳文:著/東洋館出版社)

『ドイツサッカー文化論(須田芳正、福岡正高、杉崎達哉、福士徳文:著/東洋館出版社)

井上:『ドイツサッカー文化論』も読んですごいサッカーの世界が広がりましたね。町クラブ育成でカテゴリー全部がちっちゃくて、子どものユニフォームも地元の会社がスポンサーやってるとかいう話とか。

――11歳以下のカテゴリーではイエローカード、レッドカードは出さないとか。

井上 子どもたちには審判をつけないで試合するとかね。パブがどんな小さなクラブのクラブハウスにも絶対あって、親はそこで酒を飲みながらちびっこのサッカーが終わるの待ってるとか、おじいちゃんがその後のグラウンド使うとか、すごい土台やなーって。そりゃあドイツは強いし、サッカーを愛するよなーと思いますよ。絶対残業しない国民だから社会人でもみんなサッカーがどんな下手でもやってるし、若い子はプロにならんでもサポーターとして残り続けてクラブのエンブレムを愛し続けるのとかもいいなぁとか思いましたね。

――移民についてもこの『ドイツサッカー文化論』には書かれてますけど、ヨーロッパは様々な国の人たちが動いているので、移民とサッカーの関係性とかも知ることができますよね。

井上:そうなんですよね。普段なかなか移民の本を読むことってないじゃないですか、ドイツ文化の本を読むことっていうのもなかないですけど、この本はサッカーを中心に語ってくれるんですよ。サッカーって言葉がわからなくてもサッカー好きは外国の人ともわかり合えるみたいなのあるじゃないですか、サッカー好きっていい意味でバカ同士というか(笑)。だからサッカーを通していろいろなジャンルを教えてくれるのがサッカー本だと思いますね。

――こうして改めて「サッカー本大賞2024」のサッカー本大賞の優秀作11作品を改めて眺めてみていかがですか?

井上:学問だったり、教育論とか勉強になりますよね。それが自分の仕事とか大げさに言えば生き方の刺激になったりするので、いつもこの時期に読ませていただいてサッカー本を通じていつもパワーもらってます。昨年はジェンダーに関する本だったりとか(特別賞『女子サッカー140年史:闘いはピッチとその外にもあり』スザンヌ・ラック 著、実川元・ 訳 /白水社)、ナチスドイツのホロコーストにつながる話だったりとか(読者賞『セリエA発アウシュヴィッツ行き 悲運の優勝監督の物語』マッテオ・マラーニ 著、小川光生・訳 /光文社)、サッカー本大賞ではいろんな見識が広がりましたし、いつもテーマがバランスよく選ばれているのでサッカー好きにはオススメですね。

  でも、昨年一昨年と好きな小説があったんですけど今年は小説が入ってなかったのがちょっと寂しいかなって気持ちはしましたけどね。

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