『アルマゲドン』『ファーストマン』『アポロ13』……名作映画の宇宙飛行士、科学的に正しい作品は?

■ハイパーエリート 宇宙飛行士のすごさ


 SF作品の中で科学的な正確性を追求した「ハードSF」というジャンルがある。前回、宇宙についてのハードSFの名作映画がどれだけ正確なのかを紹介したので、今回は宇宙飛行士の描写について考察をしていきたい。

※必要に応じて参考文献を挙げるが、本稿は『空想科学読本』シリーズとリック・エドワーズ/マイケル・ブルックス(著) 『すごく科学的: SF映画で最新科学がわかる本』を参考にしていることをお断りしておく。

 古いところではアメリカのマーキュリー計画を描いた『ライトスタッフ』、アポロ13号爆発事故の実話に基づく『アポロ13』、比較的最近では史上初めて月面を歩いた宇宙飛行士ニール・アームストロングを主人公にした『ファースト・マン』などその例だろう。これらは宇宙飛行士にスポットライトを当てているが、いずれも実話を題材としている。

 対して、人気漫画『宇宙兄弟』はフィクションでありながら宇宙飛行士そのものにスポットライトをあてた作品で、宇宙飛行士が登場する作品としてはかなり珍しい作品である。

 同作はムッタたち新人宇宙飛行士候補たちがJAXAに合格し、第一歩を踏み出すまで実に単行本7巻ぶんものボリュームを費やしているが、これは宇宙飛行士になることの難易度を量感としてわかりやすく表現している。実在の組織であるJAXAは不定期に宇宙飛行士候補者を募集しているが、下記は平成20年度 国際宇宙ステーション搭乗宇宙飛行士候補者の応募資格からの一部抜粋である。

(2) 大学(自然科学系※)卒業以上であること。
※)理学部、工学部、医学部、歯学部、薬学部、農学部等
(3) 自然科学系分野における研究、設計、開発、製造、運用等に3年以上の実務経験(平成20年6月20日現在)を有すること。
(なお、修士号取得者は1年、博士号取得者は3年の実務経験とみなします。)
(4) 宇宙飛行士としての訓練活動、幅広い分野の宇宙飛行活動等に円滑かつ柔軟に対応できる能力(科学知識、技術等)を有すること。
(5) 訓練時に必要な泳力(水着及び着衣で 75m: 25m x 3回 を泳げること。また、10分間立ち泳ぎが可能であること。)を有すること。
(6) 国際的な宇宙飛行士チームの一員として訓練を行い、円滑な意思の疎通が図れる英語能力を有すること。

 また下記は2021年度の宇宙飛行士候補者募集要項の抜粋である。

評価する特性

(1) 宇宙飛行士の職務に対して、明確な目的意識と達成意欲の強さ
(2) 宇宙飛行士に求められる任務・訓練に耐えうる健康状態
(3) STEM分野の知識や論理的思考力、円滑な意思の疎通が図れる英語能力とともに、教育や実務経験等の中で取り組んできたことにおける専門性
(4) ミッション遂行能力(自己管理、コミュニケーション、状況認識、リーダーシップ、問題解決、チームワーク、マルチタスク等)とともに、緊急事態にも迅速かつ的確に対処する能力
(5) 様々な業務環境及び技術や社会の急速な進歩・変化に適用するために、必要な身体能力及び精神心理的適応性・強靭性を有するとともに、未経験の知識や技量を速やかに習得する能力及び未経験の作業に対して自分の知識や技量を柔軟に活用して対応する能力
(6) 日本人としての誇りを持ち、人文科学・社会科学分野を含む広範な素養・知識を有し、並びに自分と異なる文化・伝統・価値観等を有する者に対する敬意を払う国際的なチームの一員にふさわしい態度
(7) 自らの体験や成果などを外部に伝える豊かな表現力と発信力
(8) 国内・国際社会で求められる高いコンプライアンス意識 
 
 一体、これだけの必要十分条件を兼ね備えた人物がどれほど存在するのだろうか? 宇宙飛行士になるには応募条件を満たすだけでも困難だが、そこからさらに第三次選抜に至るまでの選抜試験を経て、採用後も最低数年の訓練を要する。『アルマゲドン』のように素人が数日の訓練で宇宙に行くことなどありえないのである。

 そんな元々ハイパーエリートの宇宙飛行士が、さらに最低数年の訓練を要するのは端的に言って宇宙が極めて危険な場所だからだ。

 地球で誕生した人類は地球外の環境では本来、生存することができない。宇宙船も宇宙服も疑似的に地球の環境を再現したものであり、宇宙服が少し破損しただけでも極めて危険である。なお、宇宙空間で宇宙服が破損したらどうなるかについては『ミッション・トゥ・マーズ』で描写されている。実例が無いため、あくまで理論上の話だが、ヘルメットを外すと体表の水分が急速に蒸発し顔面が真っ黒に凍り付くと推測されている。『カウボーイビバップ』のように息を止めておけば何とかなるような問題ではない。宇宙空間で起きる人体への影響についてもっと知りたい方にはフランセス・アッシュクロフト(著)『人間はどこまで耐えられるのか』の第6章をお勧めしておこう。

 『オデッセイ』の主人公、ワトニーは植物学者だが通信機を自力で修復し、前ミッションから残留保存されていた資材を材料に水、空気、電気を確保する。あまりにも万能すぎるように見えるが、ワトニーは入念に準備を重ねてきたはずなので、決して不自然な描写ではないのだ。現実でもアポロ13号爆発事故から全員が帰還を果たしているが、これはNASA本部と宇宙飛行士の機転による結果である。映画『アポロ13』で描写されているが、アポロ13号に積まれた酸素タンクが爆発したとき修理に使われたのはありあわせの材料である。

  この時に活躍したのはダクトテープだった。アポロ11号が月面に降り立つミッションを遂行したとき、月着陸船の回路ブレーカーの一部が破損した。宇宙飛行士のバス・オルドリンが修理に利用したのはその場にあったフェルトペンである。ワトニーの機転はけっして絵空事などではなく、その場であるもので何とかするのは宇宙飛行士の必須スキルなのだ。

 なお、格好悪いのか描写されることをほとんど見たことがないが、船外活動時の宇宙飛行士は宇宙服の下にオムツをするのが一般的である。

  理由はごく単純で、宇宙は気軽にトイレに行けるような環境ではないし、宇宙服は簡単に脱着できるように作られていないからだ。『ゼロ・グラビティ』の主人公ライアン・ストーン(サンドラ・ブロック)が宇宙服の下に来ていたのはスポーティーな下着だったが、『プラネテス』の主人公ハチマキはオムツだった。格好悪いが科学的に正しいのは後者である。

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