『君たちはどう生きるか』アカデミー賞受賞から考える、長編アニメの世界的新潮流

長編アニメの世界的新潮流を考える

 第96回アカデミー賞で宮﨑駿監督の10年ぶりの新作長編アニメ『君たちはどう生きるか』が長編アニメ映画賞を受賞した。第75回で『千と千尋の神隠し』が受賞して以来、21年ぶりで2回目となる受賞は、“常連”とも言えるディズニー/ピクサーの作品を除けば異例。宮﨑駿監督の作品が世界で愛され続けていることの証しでもあるが、同時に世界の長編アニメの潮流が、伝統のディズニー/ピクサーに留まらず日本作品を含めたグローバルなものになっている現れでもある。

 東京・池袋で3月8日から3月11日まで開催された「東京アニメアワードフェスティバル2024」には、コンペティション部門があって世界から長編や短編のアニメが多数集まり上映された。長編には2023年のアヌシー国際アニメーション映画祭で最高賞のクリスタル賞を受賞したキアラ・マルタ監督、セバスチャン・ローデンバック監督による『リンダはチキンがたべたい!』など4作品がノミネートされたが、印象的だったのは、どれも見ていて映像の世界にすんなりと入っていけることだ。

 映画祭というとストーリー的に難解で、ビジュアル的にもアーティスティックな作品が集まる印象があるが、最近の長編アニメ映画は、手描き風なら日本のアニメ作品とそれほど違わず、3DCG作品もディズニーやピクサーで見慣れたものになっている。ブノワ・シュー監督の『シロッコと風の王国』(フランス・ベルギー 2023年)など、それこそ宮﨑駿監督や高畑勲監督が活躍していた東映動画(今の東映アニメーション)を思わせるキャラクターの造形と楽しげな動きで引きつける作品になっている。

 世界の長編アニメが変わっている。その潮流は日本で2023年から「新潟国際アニメーション映画祭」が開催されるようになって、世界から長編アニメ映画だけを集めてコンペティションを行っていることからも伺える。第2回の今年も12作品がノミネートされて盛況ぶりを示した。2023年開催の第36回東京国際映画祭で、アニメーション部門が前年までの国内限定から世界へと門戸を開いて、数々の長編アニメ映画が上映されたことからも変化が見える。

 ディズニー/ピクサーや『シュレック』で知られるドリームワークス、そしてイギリスのアードマンといった伝統を誇り、知名度を持ったスタジオ以外の長編アニメ映画が、世界の映画祭で上映され、映画館で公開されて観客を集める時代になっている。今回の第96回アカデミー賞で『君たちはどう生きるか』が長編アニメ映画賞を受賞した背景にも、こうした長編アニメ映画の裾野の広がりがあるのかもしれない。

 過去に受賞の実績を持つ宮﨑駿監督は、どちらかといえばディズニー/ピクサーのようなメジャーの枠組みに入れられていると見る向きもあるだろう。ただ、第78回で『ハウルの動く城』はアードマンとドリームワークスの『ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!』に敗れ、第96回の『風立ちぬ』はディズニーの『アナと雪の女王』に受賞を譲った。翌年に盟友の高畑勲監督による『かぐや姫の物語』がノミネートされたが、こちらはディズニーの『ベイマックス』が受賞。その翌年は弟子の米林宏昌監督による『思い出のマーニー』がノミネートされたが、やはりディズニー/ピクサーの『インサイドヘッド』に破れている。

 米国のみならず日本も含めて世界中が感動し、一緒に「レリゴー」と唄った『アナと雪の女王』の受賞は順当としても、その後も毎年のように受賞を果たすディズニー/ピクサー作品の強さの前に、世界から寄せられた数々の作品が涙をのんできた。かろうじて第91回で『スパイダーマン:スパイダーバース』が受賞を果たしたものの、その後も『トイ・ストーリー4』『ソウルフル・ワールド』『ミラベルと魔法だらけの家』の受賞が続く。盤石だったし、それだけの作品を送り出してきた。

 ところが、昨年の第95回でNetflix製作の『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』が受賞を果たしたあたりで潮目に変化が見えた。アニメにとってアカデミー賞と並ぶ権威を持つアニー賞でも、『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』は長編作品賞を受賞し、ピクサーの『私ときどきレッサーパンダ』を退けた。そして今年、第96回アニー賞は『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』が受賞し、アカデミー賞は『君たちはどう生きるか』と、2年続けて両賞でディズニー/ピクサー作品の受賞を阻止した。

 世界がディズニー/ピクサーやドリームワークスの作品の他に、素晴らしい長編アニメ映画が存在することに気づき始めた。あるいはアメリカでも日本でもそれ以外の国々でも、ファンが見て楽しめる長編アニメ映画が世界中から現れるようになった。その中にあってすでに高い知名度があり、なおかつ内容的にも優れていた『君たちはどう生きるか』が評価され、今回の長編アニメ映画賞受賞に至ったと見ることができるかもしれない。

 タイトルこそ吉野源三郎の小説をなぞりながら、ストーリーにおいてはアイルランド出身の作家、ジョン・コナリーによる児童文学『失われたものたちの本』からの影響が感じられることが、海外の人でも『君たちはどう生きるか』の物語をすんなりと受け入れられた背景とも考えられる。少年が異境に入り出会った少女と旅をして、何かを見つけるストーリーは海外ファンタジーの定番だからだ。その上で、手描きによる圧巻の映像が美しかったり奇妙だったりする世界へと誘い、静かに響く音楽がその世界に浸らせる。懐かしさと新しさを同時に味わえる楽しみが、北米だけで4600万ドル(約67億円)という興行成績につながった。

 この勢いは他の日本のアニメ映画でも続くのか。すでに続いているということが、『ワールドツアー上映「鬼滅の刃」絆の奇跡、そして柱稽古へ』(2024年)の成績に現れている。北米だけで1700万ドル(約25億円)という興行収入を稼いで日本国内よりも好調なほど。『ドラゴンボール』がかつて拓いた日本のアニメに対する支持を、『NARUTO-ナルト-』などを経て受け継ぎ世界的な人気作品となっている。『劇場版 呪術廻戦0』(2021年)も北米を含む海外全体で105億円の興行収入を獲得した。

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