傑作ミステリの条件とは? 杉江松恋 × 千街晶之 × 若林踏『本当に面白いミステリ・ガイド』鼎談

傑作ミステリーの条件とは

阿津川辰海『阿津川辰海 読書日記 かくしてミステリー作家は語る〈新鋭奮闘編〉』(光文社)

ーー傑作ミステリーの条件とは何でしょうか? もしくはガイドを刊行された今、全体のセレクトを見てのご感想はありますか? 

若林:難しい質問ですね……あくまで私の定義ですが「技巧の継承と発展が出来ている作品」が条件の一つだと捉えています。ジャンル小説はこれまでの先人が過去の作品で蓄積してきた型や技巧があります。それをただ踏襲するだけじゃなくて、その作家なりに研究した上で自作のなかでうまく発展させているのか否かを見ることは、ジャンル小説を評価する上で大事な評価軸の一つだと思っています。

 阿津川辰海さんはまさにその代表です。今年、『阿津川辰海 読書日記 かくしてミステリー作家は語る〈新鋭奮闘編〉』で本格ミステリ大賞評論・研究部門を受賞したほどですが、古今東西のミステリにオマージュを捧げながら、現代を舞台にしてうまく発展させている。そこを気づいて評価してあげるのが、ミステリ書評家の仕事だと思っています。 

千街:クラシックの場合、それぞれの執筆者がいろいろな視点から読み返していて、興味深く読みました。例えば、森本在臣さんがアガサ・クリスティの一冊で『葬儀を終えて』を取り上げています。これはファンの間では傑作だと言われていますが、一般の読者の間ではぱっと出てこないタイトルだと思います。森本さんが指摘しているのは、初期クリスティ的なストレートな本格ミステリでありつつ、後期に書かれているため、物語を展開する技量が大幅にアップしていること。本当に今読んでもすごく面白い小説なんですよね。みなさんが今読み直してどうなのかを基準に選んでいるので、結果的に古びていない傑作が並んだ印象を受けました。 

杉江:取り上げた作家のジャンルはバラバラです。日本のオルタナティヴでいうと、澤村伊智はホラー、呉勝浩は犯罪小説、辻堂ゆめはサスペンス。矢樹純は短編が巧く、阿津川辰海はガチガチのパズラーが好きな謎解きで、その背景には膨大な読書量がある。 

 みんなバラバラなんですけど、やはり読んでいて面白い作品であることは共通しています。ではミステリとして面白いとは何かといえば、これは異論もあるかもしれませんが、小説として面白いことが第一条件だと思います。 

 小説としての面白さはいろいろな条件があるでしょう。例えば『吾輩は猫である』と『嵐が丘』は全然違うタイプの小説なので、一方の条件によってもう一方までは決められません。しかし特にミステリ的なプロットにおいては、ざっくり言うと、スリルとサスペンスだと思います。 

 スリルは何だかわかんないけど追い立てられる感覚。それがページターニングに繋がって、次を読みたい! となる。サスペンスは吊り下げられた状況で足が地につかない感覚。謎があってそれによってちょっと先を知りたい気持ちに繋がる。それは必ずしも追いかけっこや身の危険を感じるようなプロットに限りません。どのような形であれ、スリルとサスペンスを味わわせてくれることが、面白いミステリの条件だと思っています。

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