内面化されたルッキズムを表出させる漫画、とあるアラ子の『ブスなんて言わないで』

内面化されたルッキズム

  ルッキズムとはLooks(外見)とism(主義)を合わせた言葉である。日本語に訳すとしたら「外見至上主義」だろう。ルッキズムは呪いだ。それも簡単には解けない呪い。

  他人に何を言われても、自分は自分の見た目が完璧だし、文句のつけようがないと言い切れる人間がいるだろうか。せめて「私は私」と言い切ることができたら……そう思うときは私にもある。

  私は自分の中で一重まぶたが嫌だ。私のまぶたは重くて眠そうな目で、大きなぱっちりとした目に憧れている。ひと様から見たら私のまぶたが一重だろうと二重だろうと大して問題ではない。しかし自分で「流行っている見た目の美」を抱えこんでしまっている。これが「内面化」だ。

  ルッキズムは根深い呪いだ。外見だけで侮蔑されるだけならまだ耐えられる。しかしその侮蔑が自分の中で育って、自分を否定するだけの考えになってしまえば、それは呪いである。その呪いと戦っているマンガがとあるアラ子の『ブスと言わないで』(講談社)だ。

内面化されたルッキズム

  『ブスと言わないで』の一人目の主人公である山井知子は33歳。外出するときは眼鏡も帽子もマスクも手放せない。しかし山井は高校時代は髪にリボンで結んで自分のスタイルを貫いていた。しかし外見を揶揄する声がいじめとなって山井を襲った。それでも山井は自分のスタイルを変えようとはしなかった。しかし山井の心はいつの間にか限界を迎え、学校で倒れてしまう。それから学校に行かず、顔を隠すようになる。

せっかく 産んでくれたのに
こんなに 愛してくれて いるのに
自分の顔を 好きになれなくて ごめんなさい
それから 学校も行かなくなり ずっと顔を隠して 生きている
これ以上 誰かに「ブス」って言われたら 心が壊れて しまいそうだから

  山井のモノローグには、他者から受けた侮蔑を内面化してしまうことが見受けられる。33歳になった山井はルッキズムに反対する記事に勇気づけられるようになり、眼鏡を外して外に出るようになれた。山井は自分のトラウマと前向きに向き合い始めた。その矢先に高校時代にいじめの主犯格だった白根梨花が美容研究家として反ルッキズムを掲げていることに山井はどうしようもない憤りを覚える。

 山井は白根と対峙して想いをぶつける。

美人に ルッキズムの 何がわかるって いうんだよ
いくらお前らが 「自分に自信を 持ちましょう」と 喚きたてても
現実では テレビでもネットでも 雑誌でも広告でも
自分と真逆の顔の 人間が美しいと 持て囃されてる
そんな世の中で 必死で商機を保って生きてる 人間の気持ちが お前らにわかるのかよ?
「この世にブスなて 存在しない」ってなんだよ
都合が悪いからって 勝手に抹消 すんなよ
ちゃんと目え 向けろよ!

  白根は最初、呆気にとられていたが、山井の気持ちを変えてやりたいと思うようになる。白根は山井を面接に来たひとだとなかば勘違いして、来週から会社に出社するように山井に伝える。

「美人」であるがゆえの内面化されたルッキズム

  白根梨花は「美人」であるがゆえのルッキズムに苦しめられてきた。白根が高校2年生のとき、女子の先輩から呼び出される。3年生の吉田君が好きなのか? と詰め寄られる。白根は好きではないと答えると先輩から酷い言葉を浴びせられる。

知らないうちに 勝手に見られて 勝手に好かれて
断ったら また悪口 言われて
今回が 初めてじゃない
中学から ずっと この繰り返し

  そんな状態にうんざりしている白根は母に相談すると現実を目の当たりにした。

美人は 生きているだけで 勘違いを され続けるの
恋心や憧れも 嫉妬や僻みや いろんなものを全部 集めながらね
でも 忘れないで 梨花
(中略)
見た目じゃない 中身を見て もらえる日が来るから

  母に諭されるが、白根はなんでそんなハンデを抱えて生きていかなくちゃいけないのか、と暗い気持ちになった。

  白根は高校3年になると、誰にも勘違いされて好かれたり、嫌われたりしないように別人になろうとした。そんなななか出会ったのが山井知子だった。白根梨花は自分のスタイルを貫き通す山井に憧れ、友だちになりたいと思っていたのだった。密かに山井とおそろいのリボンを白根は買ったりした。ロリィタ服を一緒に着たいと白井は思っていた。しかしいじめの主犯が白根だと山井に誤解されたことによって、外見による誤解を与えてまったことを再び悔いる。

どんな風に 振る舞っても 結局は注目されて
勝手にイメージを 押し付けられる 
それなら もう いっそ
好きに生きたほうが いいじゃん

  白根は高校の卒業式の日に山井にいじめの主犯と決めつけられたことによって、「勝手にイメージを押しつけられる」というルッキズムから逃れよう考えた。

私は 美容研究家
一般的な美しさを 追求するんじゃない
メイクの力によって 自分自身を 肯定する
それが本来の美容だと 多くの人に 伝えてきた

ねえ 山井知子
あなたが 高校生活で 失ってしまった 自信を
私に 取り戻させて くれないかな

  白根と山井はボタンの掛け違いで仲違いをしてしまった。白井と山井は果たして同じ考えを持つ日が来るのか。ルッキズムを超えて同じ気持ちを持つことができるのだろうか。それが『ブスなんて言わないで』の読みどころのひとつであることは間違いないだろう。

男性の内面化されたルッキズム

  山井は白根の会社で働くことによって、ときめく相手ができた。カメラマンの小坂である。小坂はいわゆる「イケメン」で、山井は「イケメン」に惹かれるなんてルッキズム以外のなにものでもない、と自分に言い聞かせる。

オレ フェミニズムって よく分からないん スよねー
ルッキズム? とかも 女は特に大変って いうけど
女は化粧で 誤魔化せますよね~
ヒールで足も 長くできるし
ありのままで 生きなきゃいけない 男のほうが キッツくね? っていう

  山井は小坂の人間性に惹かれたわけではないと思う。しかし小坂もまたルッキズムを内面化している人間であることがわかる。それは身長だ。 
小坂は高校の同級生と道でばったり出くわすと出し抜けに訊いてくる。

あーもしかして まだ履いてんの?
シークレットブーツ
あははっ
そうそう 女子にめちゃめちゃ イジられてたよなー お前
「イケメンなのに 身長が残念」って

 同級生の言葉に小坂はひとり悔し涙を流す。

『ブスなんて言わないで』の第1話では電車の美容整形外科や脱毛の広告が多く出てくる。しかし現実では男性向けの脱毛や頭髪の植毛などの電車広告も多くなってきている。男性は女性ともに反ルッキズムを正面から掲げることは難しい。なぜなら「強くてカッコイイ男性」はそんなことをしないからだ。小坂もまた「強くてカッコイイ男性」でありたいのだろうと私は考える。しかし小坂の身長がそれを許さない。男性の内面化されたルッキズムを私は読み取った。

内面化されたルッキズムの呪いを解くには

 すれ違いざまの外見に対して侮蔑や嘲笑はまだ耐えられる。しかし侮蔑や嘲笑は長く続くと本人がそうであると信じてしまう。自分は美しくない。そう信じているものを捨てろと言われても、本人にとっては難しい。内面化されたルッキズムはそう簡単には解けない。長い間時間をかけて、信頼できる人達と良好な関係を築き続けることしかないのだと思う。

 それを『ブスなんて言わないで』はどう描くのか、切実な期待を胸に続刊を楽しみにしたい。

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