新川帆立 最新小説は「縁切り」がテーマ「ミステリの手法を使って結婚や人間の多面性を描きたかった」 

新川帆立氏インタビュー

「紬先生」が70代後半のおばあちゃん?

ーー鎌倉の縁切寺を舞台にしたのはなぜでしょう?  

新川:縁切りについて調べてみたら、日本には有名な縁切寺がいくつもあることがわかりました。それで江戸時代の離縁の仕方も初めて知りました。当時は夫からは離縁状を出せるんですけど、妻側からは離婚ができなかったんです。その事実にはすごく驚きました。でもどうしても別れたい女性は、縁切寺に駆け込んで、足掛け3年過ごせば離婚できるといった仕組みがあったそうです。  

 これは結構、現代的だと思ったんですね。いまだに女性の平均年収は男性の6割程度しかありません。学歴にも関係なく、弁護士などの職業でも同様に女性の方が平均年収が低いです。女性は経済的に稼ぎづらい構造があるので、それ故に離婚ができない人がたくさんいる。これは江戸時代とあまり変わらないなと思って。江戸時代の人はお寺に駆け込んだら良かったけれど、現代の人たちはやっぱり法律事務所に駆け込むしかないと考えました。 

ーー江戸時代はそんな仕組みだったとは驚きました。  

新川:鎌倉の東慶寺をモデルにしているんですけど、江戸からは結構距離があるんですよ。丸一日ぐらい歩かないとたどり着けません。しかも、後ろから亭主が追いかけてきたりする。そこで頑張って走って逃げて、やっとの思いで寺にたどり着く。めちゃくちゃドラマティックなことをやっていて。それくらいの執念で離婚しようと思っていた人たちが昔いたというのは、興味深いなと思いました。それに勇気づけられる人は今もいるんじゃないかなと。  

ーー他に本作執筆の上で印象に残ったことはあるでしょうか?  

新川:今回、単行本にする時に大きく改稿をしたことです。連載では事務員の聡美の視点で最後まで書いていました。でもそうすると聡美が考える悩みの繰り返しになってしまって。改稿して探偵の出雲啓介、紬の父で元住職の松岡玄太郎などの視点も取り入れました。依頼人や事件は一緒なんですが、人物の視点が変わるとそれに対する見方も変わります。全体で7割近くは書き換えたと思います。他社の編集者さんに「改稿が上手い作家は伸びる」と言われたことがあるんですよ。だから、私は伸びると信じています(笑)。  

 あと、改稿のやり方にすごく悩んでいた時に、紬先生を70代後半のおばあちゃんにしたら面白いんじゃないかと思ったんですね。本気でそのプランを編集者に提案したら、「全然読み味が変わってきてしまうから」と止められて。私は結構気に入っていたんですけど、確かに連載から読み味が変わるのも良くないし、せっかく現代性のある作品なので、結局は断念しました。  
  
ーー新川さんにとって良いミステリ小説とは?  

新川:人間には誰しも好奇心があるのでそれを満たしながら、最後には「なるほど!」と腹落ちができるとやっぱり面白い。その「なるほど!」は、予想外で驚きがありつつ、「言われてみればその通りだよね」という納得感があること。びっくり箱でワーっと驚かすようなものではないんですね。  

 結局、ミステリのどんでん返しというのは、人間の多面性を描くフォーマットだと思っています。全く犯人だと思っていなかった人が、実は犯人だったことがわかる。その人の表の顔と裏の顔のギャップに驚きつつも、その二つの人格は一人の人間のなかで、理屈を持って繋がっていたことが見えてくる。  

 多面的な人間をどの方向から見るかなんですね。そのスポットライトを当てていく順番を工夫することで、読者さんに驚きを届けたい。そんな多面性の狭間から見えてくる事実みたいなものを書ければと思っています。

■試し読み
・【電子書籍】第一章全文収録・無料お試し特別版
https://ebook.shinchosha.co.jp/book/E056961/
Kindle版:https://www.amazon.co.jp/dp/B0C4S83H11/

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https://www.shinchosha.co.jp/book/355131/preview/

■書誌情報
『縁切り上等! 離婚弁護士 松岡紬の事件ファイル』
著者名:新川 帆立
造本:四六判ソフトカバー(288ページ)
定価:1,760円(税込)
発売日:2023年6月29日
ISBN:978-410-355131-7
URL:https://www.shinchosha.co.jp/book/355131/

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