『SPY×FAMILY』と比較 現実スパイの実態は?「偽装結婚、色仕掛け」「戦うより逃げる」「見た目は地味」

ヨル・フォージャーのフィギュア  ©遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

フィクションのスパイは現実とどの程度違うのか?

 少年ジャンプ+の人気作品『SPY×FAMILY』が絶好調だ。もとより人気作ではあったがアニメ化で更に人気が拡大、フィギュアのみならずパーカーや最中など数々のコラボ商品が登場している。

 『SPY×FAMILY』はスパイアクションを中心にしながらコメディの要素も加わった、親しみやすいフィクションであり、スパイものではお馴染みの題材が満載だ。

 実際のところフィクションで定着したイメージと現実のスパイはどのぐらい違っていて、どの程度一致しているのだろうか?

そもそもスパイとは?

 『SPY×FAMILY』の主人公である黄昏(ロイド・フォージャー)は東国で諜報を行う、西国組織WISEの敏腕スパイという設定だが、本題に入る前にまずぼんやりとした印象で語られがちな「スパイ」という職業/役割について定義しておくべきだろう。

 一般的にスパイとは敵対組織の情報を得る諜報活動をする者の事を言う。

 トム・クランシーの「ジャック・ライアン」シリーズに登場するアナリスト、ジャック・ライアンのように机の前で情報の分析をするのも重要な情報機関の仕事だが、スパイと言った場合は基本的には現場で諜報活動をする者の事を指す(ライアンは現場に出るが)。

トム・クランシー、マーク グリーニー「ライアンの代価」(新潮社)

 広義では、戦闘行為だけでなく尾行や潜入捜査を行う軍所属の特殊部隊員も「スパイ」に含むが、現場での諜報活動を主体とする「ケース・オフィサー(またはハンドラー。諜報機関員)」と「エージェント(協力者、情報提供者)」が狭義でのスパイの役割に近い。

スパイの種類、それぞれの役割

 ケース・オフィサーはCIA(アメリカの情報機関)などの情報機関に所属する職員だ。工作(情報の奪取)を実行するのは主にエージェントだが、ケース・オフィサーが自ら情報収集や破壊工作を行うこともある。

 エージェントは諜報機関に非公式に雇われたスパイでケース・オフィサーの指示に従って情報収集などの工作活動を行う。

 世界最大の情報機関であるCIAで長年に渡ってケース・オフィサーの役割を担っていたロバート・ベアの著作『CIAは何をしていた?』で「ケース・オフィサーはエージェントを指揮するCIAの幹部職員」「エージェントは殆どが外国人で、アメリカ人の入れない場所に入って情報を盗む。敵国からすると裏切り者」と説明されている。

ロバート・ベア『CIAは何をしていた?』(新潮社)

 最も一般的なスパイのイメージは情報を盗むことだろうと思われるので、エージェントは一般的なスパイのイメージに最も近い存在と言っていいだろう。

 ケース・オフィサーの仕事には「エージェントを指揮する」だけでなく、「エージェントをスカウトする」ことも含まれる。

 重要な情報を持っている人物に身分を偽って接近し、しかるべきタイミングで身分を明かして寝返らせて「裏切り者」のエージェントにするという寸法だ。寝返らせる方法には「弱みを握る」から「愛国心に訴える」まで様々な方法がある。

 一般的にスパイには嘘や裏切りのイメージがあると思うので、こちらもまた一般的なスパイのイメージに非常に近い存在と言っていいだろう。

『SPY×FAMILY』劇中の描写だと黄昏はケース・オフィサーに相当し、黄昏の情報屋フランキー・フランクリンはエージェントに(一応は)相当する。

 また、黄昏の上司である鋼鉄の淑女/シルヴィア・シャーウッドは劇中「ハンドラー」と呼ばれているが、現場で活動する者を管理する立場にあるため現実では「スパイマスター」に相当する。

 『SPY×FAMILY』のハンドラーは表向き外交官の身分だが、現実でもスパイマスターは大使館の外交官が役割を担っている場合があり、ここはある程度現実世界のスパイの役割区分と一致していると言っていいだろう。

  落合 浩太郎(監修)『近現代 スパイの作法』によるとスパイの役割はさらに細分化できるようだが、キリがないのこのくらいにしておこう。

落合 浩太郎(監修)『近現代 スパイの作法』(G.B.)

 スパイは2番目に古い職業

 なお、「スパイは2番目に古い職業」と言われており、その活躍は近現代以前にも記録がある。

 古代エジプトのファラオ・ツタンカーメンの時代にも、アレキサンダー大王時代のマケドニアにもスパイの記録がある。

 紀元前4~5世紀に成立した『旧約聖書』にはユダヤ人指導者のヨシュアがエリコという町を攻略するエピソードがあるが、このエピソードには2人のスパイが登場する。

日本版のスパイといえば忍者

 日本だと忍者がその例だ。忍者は破壊工作、暗殺などの戦闘行為も行ったが、本来の任務は敵国(ここで言う国とは海外ではなく日本統一以前の各国のこと)に潜入して情報収集する「生間(せいかん)」だった。日本版のスパイと言えるだろう。

 16世紀に創設されたイエズス会は日本をはじめ世界中で布教活動を行ったが、宣教師は各国を回ってその国の状況を視察するという役割も担っていた側面がある。

 アレッサンドロ・ヴァリニャーノの従者で後に織田信長に仕えることになる弥助は「黒人のサムライ」として有名だが、イエズス会のスパイで本能寺の変に関与していたとの説もある。

 もっともこの説には確たる根拠がなく、よくある陰謀論と考えた方がいいだろう。

現実スパイは見た目が地味なのが重要

 ステレオタイプな記号化されたイメージのものをいくつか挙げていこう。

 『SPY×FAMILY』黄昏はよく変装しているが、実際のスパイも変装はする。ただし、本物のスパイの変装はもっと地味だ。前述の元CIA局員ロバート・ベアは日焼けして髭を生やし、イラン人と身分を偽って(ベアのアラビア語にはイラン訛りがあったため)潜入した。

 ベアの著作を元にした映画『シリアナ』では、ベアをモデルにしたと思われるキャラクターをスター俳優のジョージ・クルーニーが演じていたが、彼は体重を増やして髭を生やし、日焼けして本来のハンサムな風貌からはかけ離れた地味な姿になっていた。

 見た目が地味であることは重要だ。見た目が平凡で地味ならば印象に残り辛く、目を付けられる危険性が減少する。

 映画『ブリッジ・オブ・スパイ』にも登場するルドルフ・アベルは実在したソヴィエト連邦のスパイだが、演じたのは地味な中年俳優のマーク・ライランスだ。アベルは本人の写真も残っているが、その辺に居そうな地味な風貌の中年男で少なくともジェームズ・ボンドに代表されるフィクションによくあるタイプのスパイからは程遠い。

 他、変装の手法として、手法として男性ならばつけ髭をして眼鏡をかけるだけでも風貌の印象は大きく変わる。

 帽子をかぶる、バッグなどの小物の色を変える、色合いの違う服に着替えるなども効果的な手法として用いられる。

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